『女王蜂』(1952)は伊豆半島の南方にある月琴島に源頼朝の後裔と称する大道寺家に起こった悲劇を描いた物語です。中心人物である絶世の美女である大道寺智子は、母・琴絵と島に旅行に来ていた日下部達哉(偽名)の間にできた娘ですが、実父が彼女が生まれる前の19年前(昭和7年)に事故か他殺か解明されないまま亡くなったため、私生児誕生を防ぐために実父の友人である速水励造が琴絵と結婚します。琴絵と励造は形ばかりの夫婦で、母子は島に残っており、励造は東京で仕事をし、女中の蔦代との間に文彦という息子があります。琴絵は智子が幼い頃に既に亡くなり、島の大道寺家を支えてきたのは祖母の槇と琴絵の家庭教師として住み込んでいた神尾秀子でした。琴絵の遺言により、智子は満18歳になるのを機に義父の励造の下に引き取られ、縁談が進められることになっていました。ところが、智子の上京が間近になった頃に、「月琴島からあの娘をよびよせることをやめよ」「19年前の惨劇を回想せよ。あれは果たして過失であったか。何人(なんびと)かによって殺されたのではなかったか。」という警告の手紙を読んだ欣造と、もう1人同じ警告の手紙が届けられた「覆面の依頼者」(名を明かせないという意味)から相談を受けた加納弁護士は、金田一に智子の護衛を依頼します。そうして智子一行が修善寺の松籟荘に到着し、励造・文彦父子と蔦代、さらに智子の夫候補たちの3人と、謎の人物の依頼を受けて智子を待っていた多門廉太郎(こと日比野謙太郎)が松籟荘に集結すると、警告の通り第一の殺人が起こり、夫候補の一人が亡くなります。こうして連続殺人が始まり、最終的に4人殺され、犯人と影の共犯者が自殺し(心中のようでもある)、祖母の槇が疲労やショックで衰弱死し、計7人が亡くなる一大悲劇に発展します。
『迷路荘の惨劇』同様、過去の殺人事件と現在の殺人事件が絡み合う複雑な人間関係があり、また脅迫・殺人を行う謎の犯人の他に、渦中の人・大道寺智子に多門廉太郎なる人物を娶せようと画策する謎の人物、金田一耕助に上京する智子の付き添いと過去の事件の解明を依頼する謎の人物、そして役者がそろった修善寺の松籟荘に現れた謎の変装老人など謎めいた勢力があることでドラマ性が格段に高くなっています。『迷路荘の惨劇』でウロチョロする謎の「片腕の男」よりもずっと面白い設定だと思います。美女を巡るまたは美女が関わる殺人事件ではありますが、悪女が登場しないところもポイントが高いです。殺人の動機が恋情・劣情のみというピュアさも読後感の良さに貢献していると言えます。また、一家の悲劇を生き延びたお姫様・智子が幸せになれそうなところで物語が締めくくられるのがいいですね。「救いのある」悲劇。