わたしのコージーコーナーという言葉を思いついた(と言えるのか?)のは、しばらく前のこと。そのおおもと。あるとき、「cozy」という単語が「心地良い」という意味だと知って、ケーキ屋さんのコージーコーナーは、そういう意味だったんだ、と思い、コウズィーコウズィーとしばらく心の中で唱えていた。そして家にいて、ふと、あ、ここ、わたしのコージーコーナー、と思ったのだった。
このピアノ、電子ピアノ。なんと五万円。五万円でこんなに楽しめるなんてサイコウコーナー☆
結婚したとき、夫が、自分の実家にあった電子ピアノを持ってきてくれた。それを有り難くポロポロ弾いていた(徳島県阿南市民→香川県高松市民時代)。
その後、高松に住んでいた頃、職場で新しく入ってきた隣の席の人とおしゃべりしていたら、その人のお嬢さんが習っているピアノの先生がとても良い先生なのだと言う。わたし、ぜんぜん上手でもないし、本気でやってるわけでもないから、ぜんぜん良い先生に習う必要なんてないのに、「そうなの?そんなに良い先生なの⁉︎それならわたしも習いたい」と言って、15年ぶりくらいにピアノを習い始めた。
そうなるともちろん、ひとりで弾いている時よりも練習時間は長くなる。あるとき、ペダルがボキッと折れてしまった。ショーック!ネットで電子ピアノの修理屋さんを探し、家に来てもらった。すると、その電子ピアノ自体がとても古いものなので、部品がないという。今回はなんとか5,000円で直せるけれど、他にも不具合が出てきたとき、もう次は直せないかもしれない。それなら、うちに中古で、安くて良い電子ピアノがたくさんあるから、と言われて巨大な倉庫へ見に行った。
とても記憶力の悪いわたしだけれど、その経緯や、夫と一緒に倉庫までピアノを見に行ったドライブのわくわく感はいまも覚えている。緑をかきわけて。
体育館ほどの、大きく薄暗い空間で、たいていは覆いを掛けられて、獣のようなピアノたちはひっそりと眠りについている。背の高い黒い飼い主が、部屋のカーテンと、獣の覆いを次々取り払っていくと、『オペラ座の怪人』で埃を被ったモノクロのオペラ座に、巨大なパイプオルガンの音色と共に色が目覚め、きらびやかな光が戻ってくるように、ピアノたちがいっせいに華やかな音色を放ち始める。
というわけには、いかなかったけれど、鳴らせば音の出るピアノたちがひっそりと横たわっている薄暗い倉庫というのは、なかなか不思議な、少し怖いような光景だった。その森の中を、夫と私はおっかなびっくり歩いて、おっかなびっくり鍵盤に触れ、音を鳴らしてみる。小さな部屋ではとても大きく聞こえるピアノの音も、大きな空間の中では二人のように心細いのだった。
そこにはたくさんの電子ピアノがあって、いろんな楽器の音が出せる物や、いろんなビートを刻めんだり、作曲ができるような物もあった。でもわたしは多機能の物よりも、ともかくなるべく本物のピアノに近いタッチと音のものがほしくて、これを選んだ。YAMAHAの、新品で買ったら10万円以上するレベル(らしい)の電子ピアノ。「いまなら高さ調節のできる椅子もセットでお付けします。」それからもう何年も、楽しませてもらっている。
けれどこのピアノ、一、二年前から、ペダルがキコキコ言うようになって、困ったな、と思っていた。油でも差そうか、と思っていたら、いつのまにか直った。安心していたらまたキコキコ言い始めた。どうも冬になるとキコキコする気がする。木だし、湿度に関係があるのかな、暖かくなったら直るかな、と期待していたけれど、春になって、桜が舞っても直らない。これも修理してもらえるかしら。
高松では家の近所にピアノ屋さんがあって、たまーに見に行ったりして、本物のアップライトが欲しいなぁ欲しいなぁと思っていたけれど、東京に来てからも思っていたけれど、自分が薄給なものだから、それに低レベルな趣味なのに高額すぎるかと、いつか叶えられるかもしれない夢として、ほんわり楽しむだけだった。
家を買ってしまったいま、あの頃、こっそりピアノを買っておけばよかった、と思う。家に比べたらぜんぜん安いじゃない!家を買うことで考えたら、値切るくらいの値段だわ!と、比較の対象のおかしいことを考えてしまう。
いまとなっては、ピアノを買うことはさらに遠い夢になってしまったし、とりあえずは、ペダルさん、早くご機嫌直してちょうだいな。
※楽譜はチャイコフスキー『四季』の中の4月「松雪草」。高松の先生のところで習った。とても不思議なメロディーで大好きだけれど私にはとても難しかった。ひさしぶりに弾いてみた。ひさしぶりだと上手に弾けるのではないか、となぜか思ってしまう私のレベルは言わずもがな。
仕事からの帰り道でこれを書いている。
ウラディミール・アシュケナージの『チャイコフスキー 四季』のアルバムを聴きながら。これらの音楽の中には心地良いすみっこの純化された結晶が見える。