ケンカをすると
お互い一人になって
私は部屋の真ん中にできた
真っ黒な裂け目をじっと見つめる
いつにない集中力で
自分と二人きりの対話が始まり
仲間からはぐれたマグロのように
ぐいぐいと物語の筋を追っていく
彼の愛を失ったら
という映画が始まる
めったにしないケンカは
必ず大袈裟な悲劇になってしまう
勇気も気力も一人では身に付けられない私は
きっとひどく惨めなことになるだろう
アスファルトにようやくへばりついている
といったふうになるだろう
一人暮らしをしていた頃のように
しょっちゅうめそめそしているだろう
ベッドから出られず天井を眺めて
一日と一生がおわるという考えに
金縛りになって過ごすだろう
あらゆる機会が彼のいた空気の感触を
呼び起こすスイッチになるだろう
でもようやく静かな諦めがやってきて
窓をこする枝のきゅっきゅっという音が
なぐさめになるのだろう
細々と生きて
ただ見て聞いて感じるだけのものになり
夜の帳に隠れて
心の部屋の小さな灯りをつけて
ノートにその部屋で映写されたものについて書くだろう
たった一人の友だち
といったふうに
ノートに語りかけてしまうのだろう
キャベツをバターで炒めて
塩とこしょうで味付けして食べた
それだけなのに、ものすごくおいしかった
それの、何が悪い?
とか、書いてしまうのだろう
ずっとわからなかった
私にはこれができる
(これしかできない)
私はこういう生き方がしたい
(こういう生き方しかできない)
ということをようやく知るだろう
ゴリゴリキシキシ骨をこすりあわせて
私はようやく本当の私になるだろう
これはもしかして
ずっと願っていたこと
ガーゼを破って
露わになる
皮膚の下の
がけの底を覗き込み
飛び込みたくなる衝動
張り裂けるように
ついに実現しようとしている
いまこそいまこそ
しかし……
それはもちろん架空の物語
自分でそれを選ぶことなんてできない
ただ可能性を空に放って
カーブの軌跡を試してみただけ
クライマックスは意外にあっさり
ひととおりの道を辿ると
なんとなく満足してしまって
勇ましい言葉はおもちゃのように
丸めて押し入れの奥にしまい込まれる
一緒に自分も丸め込まれている
丸め込まれているな
と感じながら
丸め込まれている
だましているのかだまされているのか
おしくらまんじゅうみたいに
なんだかよくわからない
もみあいになりながら
ともかく押入れにしまい込む
うっかり願望に似てしまう不安は
彼からも私からも隠しておかねば
自らを実現しようと
スクリーンを突き破ってしまうといけない
映画はいつも
求道者の自分が砂漠の道を去っていく
その後ろ姿に小さくさよならを言って
どちらかというと脇役の
情けない顔をした私が
ごめんねとかそういった類の
ぜんぶの言葉を両脇に抱えたまま
先に寝てしまった彼の布団に
もそもそもぐりこんでおわる
安堵の砂丘に光る落胆の粒
ああなんて他愛ないの
お互い一人になって
私は部屋の真ん中にできた
真っ黒な裂け目をじっと見つめる
いつにない集中力で
自分と二人きりの対話が始まり
仲間からはぐれたマグロのように
ぐいぐいと物語の筋を追っていく
彼の愛を失ったら
という映画が始まる
めったにしないケンカは
必ず大袈裟な悲劇になってしまう
勇気も気力も一人では身に付けられない私は
きっとひどく惨めなことになるだろう
アスファルトにようやくへばりついている
といったふうになるだろう
一人暮らしをしていた頃のように
しょっちゅうめそめそしているだろう
ベッドから出られず天井を眺めて
一日と一生がおわるという考えに
金縛りになって過ごすだろう
あらゆる機会が彼のいた空気の感触を
呼び起こすスイッチになるだろう
でもようやく静かな諦めがやってきて
窓をこする枝のきゅっきゅっという音が
なぐさめになるのだろう
細々と生きて
ただ見て聞いて感じるだけのものになり
夜の帳に隠れて
心の部屋の小さな灯りをつけて
ノートにその部屋で映写されたものについて書くだろう
たった一人の友だち
といったふうに
ノートに語りかけてしまうのだろう
キャベツをバターで炒めて
塩とこしょうで味付けして食べた
それだけなのに、ものすごくおいしかった
それの、何が悪い?
とか、書いてしまうのだろう
ずっとわからなかった
私にはこれができる
(これしかできない)
私はこういう生き方がしたい
(こういう生き方しかできない)
ということをようやく知るだろう
ゴリゴリキシキシ骨をこすりあわせて
私はようやく本当の私になるだろう
これはもしかして
ずっと願っていたこと
ガーゼを破って
露わになる
皮膚の下の
がけの底を覗き込み
飛び込みたくなる衝動
張り裂けるように
ついに実現しようとしている
いまこそいまこそ
しかし……
それはもちろん架空の物語
自分でそれを選ぶことなんてできない
ただ可能性を空に放って
カーブの軌跡を試してみただけ
クライマックスは意外にあっさり
ひととおりの道を辿ると
なんとなく満足してしまって
勇ましい言葉はおもちゃのように
丸めて押し入れの奥にしまい込まれる
一緒に自分も丸め込まれている
丸め込まれているな
と感じながら
丸め込まれている
だましているのかだまされているのか
おしくらまんじゅうみたいに
なんだかよくわからない
もみあいになりながら
ともかく押入れにしまい込む
うっかり願望に似てしまう不安は
彼からも私からも隠しておかねば
自らを実現しようと
スクリーンを突き破ってしまうといけない
映画はいつも
求道者の自分が砂漠の道を去っていく
その後ろ姿に小さくさよならを言って
どちらかというと脇役の
情けない顔をした私が
ごめんねとかそういった類の
ぜんぶの言葉を両脇に抱えたまま
先に寝てしまった彼の布団に
もそもそもぐりこんでおわる
安堵の砂丘に光る落胆の粒
ああなんて他愛ないの