二階
2023年03月04日 | 詩
病院のあと
自宅の最寄り駅まで戻ってから
すぐ家に帰らず
ビル二階にある喫茶店に入った
窓に向かって置かれたソファ席に沈み
本を開く
『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ』
本を開くと
同時にいろんなページが開いてしまって
信号で停まる車や横断歩道を渡る人々を
その向こうの建物やその向こうの曇っている空を
泳ぎながら
いろんな思いつきや考えごとを渡り歩いた
金本位制、利子率、株価の暴落
手綱を離した意識は暴れ馬のように
あっちの柵こっちの柵を
踏み倒し乗り越えて
驚くほど取り留めがなかった
我に返ると
心持ち斜めにした膝を折って
ソファに座っているだけだった
たるみたかったのかもしれない
若い頃はたるみが許されると計算していた
あちこちが物理的にたるみ始める40代ともなると
こころのたるみをさらけだすことははばかられた
遊びに行くでもなく
おいしいものを食べるでもなく
計画から外れて
ふいに手綱のようにたるませてみる
そういう時間が何よりのぜいたく
若い頃のように年齢を忘れて
わたしがわたしに追いつく