今日は朝からうんざりするような大量の大粒の雨。
傘を差したとしても外に出るだけで足元がびしょ濡れに
なる事がわかっているような降りかた。
テレビのニュースが西日本の災害の様子を伝えている。
今年のこれは特別かもしれない。でも毎年この梅雨の雨は
好きじゃなくなっている自分がいる。
それでも出かけなくてはならない。
重い気持ちのまま大量のピアノ線のような雨筋の間を
赤い傘を差してのろのろとバス停に向かった。
街はシンとしていて、聞こえるのは雨の降る音だけ。
ちょうどCDのボリュームを上げたように。
バス停に近づくと静かなはずの場所から子供の声がする。
停留所の木の根元にしゃがんで、溜まった雨水を手でかきだしては
歓声ともつかない声をあげている少年がいた。
あたりの空気は少し固く冷たいものになっている。
小学校低学年らしいその男の子は真新しい白いシャツにグレーの長ズボン
お出かけ姿をしているというのに、傘もささず土砂降りの中での遊び。
彼が自閉的な物をもっていることはすぐにわかった。
遊びに対する集中力と楽しそうな様子
雨と完全に同化し満喫している彼は次第にエスカレートしてきたのか
車道に降りて端に溜まる雨を両手で左右に流し始めた
バス停にならぶ人達は目を反らしてひたすら沈黙している
5分…10分…
その空気はいたたまれない。
けれどお母さんを「かわいそうな人、大変な人」とも思うつもりはない。
彼を「困った子」とも思わない。
だって私はちょっと疲れた大人で、雨の外出にうんざりしていることに
自分でうんざりしている。むしろ幸せそうな彼のようにこの雨を感じたいな。
そんな風にしか思えなかったから。
私はただ、彼が喜びに満たされている車道の水たまりに目を向けて、
彼の世界を感じたいと願ってみた。
水の波紋
水溜りは、空の色を移して鉛色。その銀の水面を強く大きな雨粒が
落ちれば、そこから幾重にも水紋が広がっていく
不規則に、同時に、連続で、あちこちに落ちては広がっていく無彩色の
水紋を見続けていると、それらは次第に色を帯びていく。
虹色のシャボン玉のように。
そして生き生きと動き出していく水紋はやがて眼に見える音楽でもある
かのように私の心にもたくさんの動きをもたらしていくのだった。
はっとした。
彼は、この水面に現れては消えていく美しい水紋を拾い集めようとして
いたのではないだろうか。彼の心の中に溢れる音楽や色彩を、水面に
作り出しては消し、戯れているんだと。
何かが響きあい、私の中の鉛色の心にも光が生まれ始めようとしていた。
「バス乗れる?バス乗る?」
傘を差しかけてはもうびしょ濡れのタオルで息子の髪を何度も拭き直して
お母さんが静かに話しかけた。
彼女は本当に忍耐強く、静かな気を持っている。
それでも表情にはすでに疲れが浮かんでいた。
そろそろ来てくれ!
そう誰もが思った時、遠い交差点の先からバスが曲がって来るのが見えた。
バスが来た安堵感と、この子も乗るんだという事実。バス停に並ぶ誰もが
バスと車道にしゃがむ親子を交互に見続けた。
車道の親子と遠くのバスの間には
はっきりと目に見える雨筋が遮るように降り続けていた。
早く動かないとバスに轢かれちゃうよ!
そんな風に強く思ったバスを待つ人たちの声がまるで一つになって聞こえて
きたような気がした。
少年は声が聞こえたかのようにすっと立ち上がり、母に促されるままにバス停
にあがった。
彼は充分に満足できたのだろう。みんなの声も聞こえたのかもしれない。
バスの最後尾から入ってきたずぶぬれの男の子に、バスの空気は一瞬止まった。
すばやくその空気を察知したように男の子は音のような声をあげた。
お母さんに促されて奥の席に座るまでに何度かそれは続いた。
水溜りの水輪がいくつも広がっては消えていくように、私は彼に向かって
心を響かせてみた。
楽しい水遊びの余韻が私にも彼にも残っている事を感じながら。
バスは駅までの道のりを、静かに動きはじめた。
傘を差したとしても外に出るだけで足元がびしょ濡れに
なる事がわかっているような降りかた。
テレビのニュースが西日本の災害の様子を伝えている。
今年のこれは特別かもしれない。でも毎年この梅雨の雨は
好きじゃなくなっている自分がいる。
それでも出かけなくてはならない。
重い気持ちのまま大量のピアノ線のような雨筋の間を
赤い傘を差してのろのろとバス停に向かった。
街はシンとしていて、聞こえるのは雨の降る音だけ。
ちょうどCDのボリュームを上げたように。
バス停に近づくと静かなはずの場所から子供の声がする。
停留所の木の根元にしゃがんで、溜まった雨水を手でかきだしては
歓声ともつかない声をあげている少年がいた。
あたりの空気は少し固く冷たいものになっている。
小学校低学年らしいその男の子は真新しい白いシャツにグレーの長ズボン
お出かけ姿をしているというのに、傘もささず土砂降りの中での遊び。
彼が自閉的な物をもっていることはすぐにわかった。
遊びに対する集中力と楽しそうな様子
雨と完全に同化し満喫している彼は次第にエスカレートしてきたのか
車道に降りて端に溜まる雨を両手で左右に流し始めた
バス停にならぶ人達は目を反らしてひたすら沈黙している
5分…10分…
その空気はいたたまれない。
けれどお母さんを「かわいそうな人、大変な人」とも思うつもりはない。
彼を「困った子」とも思わない。
だって私はちょっと疲れた大人で、雨の外出にうんざりしていることに
自分でうんざりしている。むしろ幸せそうな彼のようにこの雨を感じたいな。
そんな風にしか思えなかったから。
私はただ、彼が喜びに満たされている車道の水たまりに目を向けて、
彼の世界を感じたいと願ってみた。
水の波紋
水溜りは、空の色を移して鉛色。その銀の水面を強く大きな雨粒が
落ちれば、そこから幾重にも水紋が広がっていく
不規則に、同時に、連続で、あちこちに落ちては広がっていく無彩色の
水紋を見続けていると、それらは次第に色を帯びていく。
虹色のシャボン玉のように。
そして生き生きと動き出していく水紋はやがて眼に見える音楽でもある
かのように私の心にもたくさんの動きをもたらしていくのだった。
はっとした。
彼は、この水面に現れては消えていく美しい水紋を拾い集めようとして
いたのではないだろうか。彼の心の中に溢れる音楽や色彩を、水面に
作り出しては消し、戯れているんだと。
何かが響きあい、私の中の鉛色の心にも光が生まれ始めようとしていた。
「バス乗れる?バス乗る?」
傘を差しかけてはもうびしょ濡れのタオルで息子の髪を何度も拭き直して
お母さんが静かに話しかけた。
彼女は本当に忍耐強く、静かな気を持っている。
それでも表情にはすでに疲れが浮かんでいた。
そろそろ来てくれ!
そう誰もが思った時、遠い交差点の先からバスが曲がって来るのが見えた。
バスが来た安堵感と、この子も乗るんだという事実。バス停に並ぶ誰もが
バスと車道にしゃがむ親子を交互に見続けた。
車道の親子と遠くのバスの間には
はっきりと目に見える雨筋が遮るように降り続けていた。
早く動かないとバスに轢かれちゃうよ!
そんな風に強く思ったバスを待つ人たちの声がまるで一つになって聞こえて
きたような気がした。
少年は声が聞こえたかのようにすっと立ち上がり、母に促されるままにバス停
にあがった。
彼は充分に満足できたのだろう。みんなの声も聞こえたのかもしれない。
バスの最後尾から入ってきたずぶぬれの男の子に、バスの空気は一瞬止まった。
すばやくその空気を察知したように男の子は音のような声をあげた。
お母さんに促されて奥の席に座るまでに何度かそれは続いた。
水溜りの水輪がいくつも広がっては消えていくように、私は彼に向かって
心を響かせてみた。
楽しい水遊びの余韻が私にも彼にも残っている事を感じながら。
バスは駅までの道のりを、静かに動きはじめた。