「暗闇でも走る」安田祐輔(キズキ共育塾代表)
安田祐輔さんは、メディアにも取り上げられるような不登校・中退者の進学塾をはじめとして、子どもたちの教育格差を解消するためのスタディクーポン等様々なプロジェクトに携わっている若手起業家です。
本の紹介は表紙やAmazonを見ればわかるので、書評ではなく読書感想文を書きます。教職を引退して丸3年が経っていますが、いまだにちょっと先生目線なのは許して!
友人の友人の著書ということで読みました。厳しい家庭環境、発達障害、非行、うつ・ひきこもりを乗り越え、偏差値30から一流大学へ進学、大企業へ就職した人の成功体験のお話、というわけではありませんでした。
本を読んでいる間、先生になろうと思っていた学生時代の気持ち(熱い気持ち)になっていました。「みんな同じようにできるわけではないけれど、同じようにできるようになりたいと思っている。」発達障害に関する授業の中でその授業を担当していた教授の言葉。ずっとずっとその言葉は心にありました。あともう一つ、「家庭環境のせいにしたらいかん。どんな家に生まれてもその子は生きていかないかんのよ。学校で力つけてやらないかんのよ。」という熱い先輩先生の言葉。
友人の話からも安田さんの現在の活躍はわかっていたので、いかに壮絶な過去だったかではなくて、その後の安田さんに繋がっていく何かがどこにあるのかを探しながら読みました。厳しい家庭環境や様々な特性(困難)を抱えた子どもたちはたくさんいるから、その子たちが今後困難を乗り越えるため、その子に関わる周りの人間がその子が困難を乗り越えるためのサポートをするため、のヒントがきっとあると思って。
「ヒントを探した」と書いたけど、本当は「あること」を期待しながら読んだ。「誰にも必要とされていない」と感じる毎日の中で、たくさんの描写はされていないんだけれど、やはり温かい印象で描かれている人たちが出てきた。勉強を教えてくれる弟、バイクを修理してくれるお母さんの再婚相手、高校時代の暴力を振るわない体育教師、休職中にも声をかけてくれる同期。
「生まれ変わりたい」と願う人はたくさんいて、でもそれは急に叶うことではない。安田さん自身は「偶然、人生を『やり直す』ことができた。運がよかった。」という言葉で表現していたけれど、それは違うと思う。アフガニスタンの空爆のニュースを見て大学に行く意味を見つけたから受験勉強をがんばれたのではなくて、それは単なるきっかけにすぎなくて、やっぱりそこでがんばれるかがんばれないかの違いには、自分を信じてどんな状況の自分も受け入れてくれる人たちからそっと送られ続けたメッセージがしっかり安田さんに染み込んでいたからだと思う。たくさんの人たちに否定され続けてもそのメッセージをしっかり受け取ることができたのは安田さんの感性だと思うけれど、きっと一人でも二人でも(多ければ多いほど)そういう人がいた人はきっと乗り越える力になると思う。ちょっとおこがましいけれど、本気でそういう子どもたちの、その「誰か」になりたいと思って教師になったので、退職した今、ちょっと胸がチクっとする。
「僕がこの本を書こうと思ったのは社会の暗闇を伝えたかったからだ。」
みんな違うから、世の中のたくさんの人と同じようにはいかない人がいっぱいいる。弱さとか誰かのせいとかにするんじゃなくて、社会で支え合っていくためにはまずはお互いを知らなくちゃいけない。いろんな人がいろんな人の人生を知るには当事者に綴ってもらうしかない。特に安田さんのように困難な状況にあった場合、それ(挫折)を物語にして語ることはなかなかできることではないと思う。きっと身を削って過去と向き合って、それはそれは大変な作業だったと思う。きっと今も大変なことは続いていていろいろあるんだろうけれど、「乗り越えた」という物語にして、貴重なロールモデル(この本を読みながら頭に浮かんだあの子やあの子やあの子の将来の姿)として、この本を書いてくれて、とてもありがたい気持ち。
自身の経験から「何度でもやり直せる社会」をめざして精力的に活動している安田さんを応援したいと思っています。
わたしはもう先生じゃないから、一人でも多くの人にこの本を読んでもらうことができたら、違う形でお役に立てるのでは、と願っています。ぜひ!