子どもの頃、「もっとお金持ちの家に生まれていたら…」とか「〇〇ちゃんちの子だったらよかったのに」などと思ったことのある人も多いかもしれません。だけども、子どもに親は選べない。若者の間で使われるようになった「親ガチャ」という言葉が流行語大賞になるほど注目され一般化してから、かれこれ5年ほどもたつでしょうか。
さて、令和3年12月に国税庁が発表した「令和2年分 相続税の申告実績の概要」によれば、令和2年の「被相続人」数(つまり亡くなった人の数)は1,372,755人とのこと。そのうち相続税の申告を要する被相続人は120,372人で、課税割合は8.8%だったとされています。
これは、亡くなった人のうち相続税を納める必要があったのは8.8%で、残りの9割以上の人には相続税が発生していないということ。因みに、相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」なので、8.8%の人にはそれなりの遺産があったということになるのでしょう。
近年、「親ガチャ」という言葉が強く意識されるようになった背景には、世代を超えて引き継がれていく資産を「不平等」と感じる人が増えてきたことがあると推測されます。本来は、そうした資産の再配分の機能を受け持つのが「相続税」のはずですが、相続税が一般贈与税よりも割安なのは誰もが知るところ。「親ガチャ」といった言葉が流行ること自体、さらに様々な税務上の技術を駆使することで、資産が守られるケースが増えていることの証左なのかもしれません。
社会の高齢化とともに注目されるこうした「相続」の在り方について、作家で精神科医の和田秀樹氏が昨年7月12日のPRESIDENT Onlineに『「相続税100%」を導入しなければ超高齢社会を乗り切れない…世代間対立を避け不況を解決する最強策』と題する(かなり強力な)提言を寄せているので、その一部を残しておきたいと思います。
「日本って、おかしいな」と私(←和田氏)が常々感じているのは、わが子がいくつになっても「子ども扱い」をするところ。80代の親が50代の引きこもりの子どもを支えるために、経済的にも精神的にも強い負担を請け負う社会問題を「8050問題」と言うが、こうした状況は悲劇としか言いようがないと氏はこの論考の冒頭に綴っています。
50歳になった時点で一度も結婚したことがない人の割合は、男性は28.3%、女性は17.8%(2020年国勢調査)に達している由。もちろん自活していれば問題はないが、実家暮らしで、親がいつまでも面倒を見続ける状況になっている家庭も多いといと氏は言います。
そうなると親は「自分が死んだあとも子どもが困らないようにしてあげたい」という心理を働かせ、「子どもにお金を残してあげたい」と思うようになる。こうして、(子どもにお金を残そうとして)自分のためにお金を使えなくなっている高齢者が想像以上に多いというのが氏の認識です。
子どもに何か残さないといけないと思う親がいる一方で、いままでこれだけしてやったのだから、子どもに介護してもらいたいと、すっかり子どもに頼りきってしまう親もいると氏は続けます。親子の関係が濃密であるがために、子ども自身も親の介護を一身に引き受けてしまう。結果、親の介護を優先せざるをえなくなって、退職に追い込まれる人が(この日本には)大勢いるというのが氏の指摘するところです。
後悔のない人生を送りたいなら、よい意味で「子離れ」をして、親は自分自身の幸せを考えて行動することが大事だと、和田氏はこの論考で説いています。子どもに関しては、もう少しドライに「子どもは子ども、自分は自分」と割り切ること。これが、これからの時代、いっそう大切になるというのが氏の感覚です。
そして何より、親たちが自分のお金は自分の幸せのために使うということ。財産を残しても子どもたちのトラブルの種になるだけであり、なまじお金を持っているがゆえに不幸になるケースを、氏はいやと言うほど見てきたということです。
さて、そこで和田氏が提案しているのが、相続税を100%するというもの。つまり、死ぬ際に残した財産は、すべて国が税金として徴収(没収)するという制度の導入です。
その大きな理由は、「親の財産を相続するのは当たり前」という考え方を何とかしないと、まともな競争社会は生まれないし、超高齢社会は乗り切れないと思っているから。(まあ、少し生ぬるくして)親の事業を継承した子どもや親の介護をした子どもの相続税は減免して、それ以外の兄弟の相続税を100%にするというやり方もあるということです。
そして、もう一つ。私(←和田氏)が「相続税100%」論を支持する理由は、世代間の対立を回避するためだと氏はこの論考に記しています。60代、70代が、相続財産をあきらめる代わりに、自分たちの望むように、医療、福祉、年金の財源にあててもらえばいいだけのこと。そうすれば、老後の暮らしを若い世代に頼らないで済むことになり、むしろ相続税を、高齢者に対する目的税にしてもいいくらいだということです。
そして何より、高齢者が「どうせ税金に取られるなら」とお金を使うようになれば、長引く消費不況が解決するだろうと氏は話しています。
そうすれば、少なくとも高齢者向けの産業が勃興することは間違いない。高齢者が、介護保険以上の介護サービスを自腹を切って買うのが当たり前になれば、新たな雇用も生まれ、ビジネスチャンスも増えるというもの。いままで以上に外食や娯楽、旅行などにお金を使うようになれば、高齢者に魅力的な商品を提供するようになるということです。
さて、もしも(氏の言う)「相続税100%」が現実のものとなれば、親たちはできるだけ若い頃から(少なくとも死ぬ前に)子供への財産の移転を終えようと、必死で対策を練るようになるでしょう。一方、子どもは子供で、親や祖父ちゃん祖母ちゃんの財産を(死ぬまでに)しゃぶりつくそうと、躍起になるような気もします。
いずれにしても、確かに「国に取られるくらいなら…」と大盤振る舞いをする老人もきっと増えてくることでしょうし、何より「親ガチャ」に恵まれなかった人にとっては、「ざまあみろ」と留飲を下げる機会にもなるというものです。
親が死んだ途端に、(それまでの)生活水準を維持できなくなる子供たちも可哀そうと言えば可哀そうですが、「平等」というのは(得てして)そんな矛盾をはらんでいるものなのかもしれません。和田氏自身は、(そんなこんなも含めて)いまのところ「相続税100%」導入策が、高齢者がボケても安心して楽しく暮らせる社会への近道だと信じているとのことですが、果たしていかがでしょうか。
(『#2755 解決策は「相続税100%」②』につづく)