MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯745 私、失敗しないので

2017年03月09日 | うんちく・小ネタ


 米倉涼子演じるところのフリーランスの外科医「ドクターX」こと大門未知子は、「私、失敗しないので」の決め台詞とともに、難しい手術を次々と成功させていきます。

 ミニスカートに白衣を着こなす颯爽としたその姿に、こんな(頼もしい)女医さんが居たらぜひ自分の命を任せたいと思う人も多かったことでしょう。

 ドラマの世界ばかりでなく、もしも病気になって死にたくなければ(何を置いても)「女医を選べ」とする興味深いレポートが、1月13日のダイヤモンド・オンラインに掲載されていました。

 医療ジャーナリストの井手ゆきえ氏によれば、米国医師会の学会誌で発表された(米国在住の)日本人研究者による論文「女性医師(内科医)が担当した入院患者は男性医師が担当するよりも死亡率が低い」が、現地のワシントンポスト紙、ウォール・ストリート・ジャーナルなどの有力紙で大きく取り上げられ、話題を呼んでいるということです。

 論文の著者であるハーバード公衆衛生大学院の津川友介氏は、米国でメディケア(高齢者・障害者向けの公的保険)に加入している65歳以上の高齢者で、肺炎や心疾患、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などで緊急入院した患者およそ130万人の、入院後の経過と担当医の性別との関連を解析しました。

 そしてその結果、30日死亡率で、女性医師の担当患者は11.1%、男性医師は11.5%、再入院率はそれぞれ15.0%と15.6%で、女性医師が担当した患者のほうが死亡率、再入院率ともに「統計学的に有意」に低いことが判明したということです。

 津川氏によれば、分析に当たって患者の重症度や年齢、入院の原因以外に持っている病気などの患者の特性と医師の特性(年齢、出身医学部など)、入院している施設等、結果に影響を与えそうな条件は可能な限り補正しているということです。

 また、「どうせ女性医師のほうが軽症患者を診ているんだろう?」という指摘を排除するため、(医師が)担当する患者の重症度が同じレベルにそろうよう(担当患者が無作為にあてがわれる)「ホスピタリスト」に限定した場合でも、女性医師が担当した患者の30日死亡率は10.8%、男性医師では11.2%、再入院率は女性医師14.6%、男性医師15.1%と、女性医師のほうが有意に低いという結果になったとしています。

 一体、男女の違いの何が明らかな有意差につながったのか。

 津川氏は、「一般紙では『死にたくなければ女医を選べ!』みたいな極端な扱いをされてしまってちょっと困っています」と苦笑しながらも、「例えば、医学部で受けた教育プロセスが同じで勤務先や診療スタイルも同じ、しかも周囲の評判に差がなければ男性医師よりも女性医師のほうが質の高い医療を提供している可能性がある」と指摘しているということです。

 津川氏の説明によると、一般に女性医師は、診療ガイドラインなどルールの遵守率が高く、エビデンスに沿った診療を行うほか、患者とより良いコミュニケーションを取ることが知られている。また、女性医師は専門外のことを他の専門医によく相談するなど、可能な限りリスクを避ける傾向が見られるということです。

 津川氏は、今回の調査結果からは「女性医師のほうが、より詳しい検査を行うなど慎重に診療を進めている可能性が示唆されている」としています。しかし実際には、米国でも医療界は「男社会」で、医学部卒業生の男女比は1:1なのに、実際に働いている女性医師はまだ全体の3割ほど。給与面で女性医師の給与は男性医師よりも平均8%低いという調査結果もあり、質の高い医療を提供できる女性医師が実力を発揮できる場はかなり狭いということです。

 米国においても、経験豊富な男性医師の方が信頼が置けるとの偏見はまだまだ強いようですが、現実に死亡率を0.4%下げようとしたら、並大抵のことでは達成できない。女性医師はもっと評価されてしかるべきだと、今回の調査結果から津川氏はコメントしているそうです。

 さて、米国における調査の結果を一律に日本に当てはめて良いかどうか議論の余地はあるとしても、(男性医師の方がスキルに勝るといった)ステレオタイプな見方は見直したほうがいいのは日本でも同じだと、このレポートで井出氏は説明しています。

 「医師・歯科医師・薬剤師調査」(厚生労働省)によると、2014年12月31日現在の国内の医師数は31万1205人で、このうち病院や診療所で働いている医師は29万6845人。うち男性医師が23万6350人で79.6%を占め、女性医師は6万495人と概ね2割、5人に1人に過ぎないということです。

 そうした中、主治医として女医さんに出会ったあなたは、(もしかしたら)とてもラッキーな人かもしれません。

 一方、このレポートに対し新潟青陵大学大学院教授の碓井真史氏は、可能性として女医の方が丁寧な診察や治療を行なっていることはあるとしても、健康心理学の研究からは(男女に関係なく)より良い人間関係の中で治療が行われた方が治療効果が上がることは明らかだとコメントしています。

 これは、同じ治療法を行なっても、医師の表情や態度など人柄によって治療効果は変わるという実証的な研究によるものです。

 医療スタッフの患者への接遇態度は、以前に比べ総じてずっとよくなっていると言われますが、そうした変化は顧客満足度を高めるだけではなく、患者の精神的安定や治療意欲、さらに身体的治療効果自体にも影響を与えていると碓井氏は指摘しています。

 いずれにしても、恐らく男だから女だからと言うのではなく、良い医療は、良いコミュニケーションと信頼関係の中で生まれるものなのでしょう。効くと思って飲む薬と、効かないかもしれないと思って飲む薬では、その効果も大きく違ってくるはずです。

 結局、患者や家族が求めているのは(決して失敗しない)「神の手」などではなく、標準化された質の良い医療を「いつでも、どこでも」丁寧に提供してくれる医師なのではないかとこのレポートを結ぶ井手氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。



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