MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2311 中国の強さの源にあるもの

2022年12月10日 | 国際・政治

 中国で政策の基本方針などを決める5年に1度の共産党大会が10月16日から22日まで開かれました。会議の冒頭で演説した習近平国家主席は、「中国は豊かさを追求する時代から強さを重視する時代に移った」と強調したと伝えられています。

 異例の三期目を実現し権力基盤をさらに固める習近平国家主席の下、米国と並びたち、世界の覇権を狙おうとする中国の姿がより鮮明になったと言っても良いでしょう。

 思えば、毛沢東が主導した文化大革命の混乱を収めた鄧小平主席の下、改革開放政策に大きく舵を切ってからわずかに40年。なぜに中国は、これほどの短期間に世界第2位の経済大国になれたのか。

 11月21日の経済情報サイト「PRESIDENT Online」に、東京工業大学名誉教授で社会学者の橋爪大三郎氏が「ふつうの民主国家にはない、中国共産党の"強い統治"」と題する論考を寄せているので、小欄に概要を残しておきたいと思います。

 中国の躍進に関し、この論考で橋爪氏は「資本から軍事、人事までを握る中国共産党の存在が大きい。この統治力と、向上心の強い国民性が結びつくと、さらに成長する可能性がある」としています。

 ポイントは、資本主義とうまく噛みあった中国の統治システムにある。中国共産党の権力の基盤を眺めてみた時、そこには大きな理由が4つほど見つかるというのがこの論考で氏の指摘するところです。

 その一つ目は、資本を集中させ動かす「権力」があるということ。戦時経済を除けば、(普通は)政党や政治権力は資本をコントロールしたりはしない。しかし、例えば「改革開放」は、中国共産党が資本をコントロールし、中国共産党が主導して資本主義経済を進めるという考え方だと氏は説明しています。

 それでは、どうやって資本をコントロールしているのか。中国の資本は国有企業に集中していると氏は言います。80年代から90年代にかけて郷鎮企業が国有企業を追い抜きかかったことがあったが、それにブレーキがかかって、再び国有企業が復権したということです。

 それは、資本は集中する必要があるから。そして現在は、それが国有企業に集中している。それ以外の経営形態の企業もあるが、どの企業にも中国共産党の支部があって指揮命令関係がある。そうやって中国には資本を動かす権力があるというのが氏の認識です。

 二つ目は、「軍」の存在だと氏はしています。人民解放軍の指揮権は、中国共産党の中央軍事委員会主席が握っている。中国共産党は任意団体で、国家を超えた存在でとして憲法や法律の規定に服さない。なので、この軍事力は超憲法的な実力だと氏は言います。

 見方を変えれば、それは「党の支配」とも言うべき「法の支配」の対極にある権力ともいえる。そしてその指揮命令権は、人民解放軍の軍事力によって裏づけられているということです。

 三つ目は、権力を差配する「人事」の力です。中国は巨大な官僚組織で、企業、政府、軍を含め、すべての人事を中国共産党中央の「組織部」という部署が握っていると氏は説明しています。

 なので、組織部に睨まれたら幹部でもすぐに失脚する。人事によって権力を行使するのは、中国の2000年の伝統だということです。

 最後の四つ目に氏が挙げているのが、中国特有の「秘密警察」の暗躍です。氏によれば、中国共産党には紀律検査委員会というものがあり、日常的に党員の紀律を審査しているということです。

 紀律検査委員会の審査は、法手続きではなく党内手続きであって、今でも「君、ちょっと来なさい」みたいにホテルに呼び出して1カ月カンヅメにして、バスタブに水を溜めて、白状しろって頭を突っ込んだりして拷問していると氏は話しています。

 令状などというものは必要ない。職場や自宅を捜索して、証拠を集めたりする。もちろん関係者も調査する。理由は、腐敗、汚職、党員としての義務に反した…のようなことなのだけれど、拷問されれば誰だって(何かは)白状する。気が付けば山のような証拠が出てきて誰でも有罪にできるので、権力闘争の手段としてしばしば活用されるというのが氏の見解です。

 さらに言えば、紀律委員会は党の正式な機関だが、実はそのほかにも秘密警察が何系統もあって、目をつけた誰かれや政治的反対者を、おとなしくさせることができると氏は言います。

 さて、これら四つの力は普通の民主国家にはないもので、中国共産党の強力な統治のツールとなっているというのが氏の指摘するところです。これだけガチガチな国民への実効手段を持っている国は西側世界に例がない。こうした中国のシステムは、経済的キャッチアップの時期に高度に力を発揮してきたということです。

 さて、わが日本は(先進国への)キャッチアップが完了すると、それ以上の発展が足踏み状態になってしまったと氏はここで振り返っています。でも中国は、そうなるとは限らない。それはどうしてか。

 中国は、2000年の歴史の中で、実に半分ぐらいの期間世界で最大の国で、最先端の国だったと氏は話しています。トップを走ることには慣れていて、多くの人がそれが定位置だと思っている。そのトップの定位置で、創意工夫をする才能が続々出てくるかもしれないというのが氏の考える中国の未来です。

 組織原理でいうと、日本はグループワークを重視して、仲間うちで突出するのは大変危険な国。そこで、自分の力をセーブしたり足を引っ張り合ったりしているうちに、フォロワーもリーダーも自分に力があるということをだんだん意識しなくなると氏はしています。

 一方、中国の場合は、同僚よりも上役が大事。抜擢されることが、中国人は大好きだということです。抜擢されるためには、仲間よりも突出している必要がある。だから、中国人は突出することに何の躊躇いもない。むしろ突出することで生存可能性が高まるというのが、「生存戦略」として現在でも息づいている国だと氏は言います。

 このマインドが2000年来ずっとあるので、科学者であれ、芸術家であれ、ビジネスマンであれ、中国の人びとは(若い人も年配の人も)皆とてもアグレッシヴで、ほかの人びとと違ったことをやろうとしているということです。

 中国といえば、数を頼りに力で押してくる、不気味で無個性な集団としてとらえている向きもあるかもしれません。しかし、全体主義的で権威主義的なイメージに反し、彼らの意欲や行動力はそう簡単に萎えたりしない。そしてそれこそが中国のバイタリティーの根源だと考える橋爪氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。

 



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