今年2月に公表された警察庁「令和4年の犯罪情勢」によれば、2002年をピークに減り続けてきた刑法犯の認知件数が、(コロナ禍などの社会情勢の変化もあり)20年ぶりに増加に転じたということです。
もちろん一口に「犯罪」といっても様々なものがあり、増えたものもあれば減ったものもあるわけですが、中でも増加した犯罪の代表格は、在宅中の住人を脅して金品を奪う「住宅侵入強盗」というもの。2022年の認知件数は129件と前年比20.6%増だったとされています。
住宅侵入強盗と言われて思い出すのは、今年の1月に起こったフィリピンの入管施設に収容されていた「ルフィ」などと名乗る指示役4人が主導したとされる、広域強盗事件です。東京都狛江市で90歳の女性が殺され金品が奪われた事件は、これまでになかったタイプの犯罪として社会を震撼させました。
ターゲットの情報を入手した指示役が「闇バイト」などで実行役を募り、SNSなどを使って犯行を指揮したとみられる同様の事件は2021年以降、14都府県で50件以降起きているとされており、その手口は巧妙かつ計画的です。
しかしその一方で、5月に起きた銀座での高級腕時計強盗事件などをみてもわかるとおり、実行犯は極めて素人っぽく犯行も稚拙で行き当たりばったり。また、それゆえに、思わぬ残忍な結果をも招きかねない粗暴なものといえるでしょう。
かつて窃盗や空き巣の業界はといえば、(「名人」とも称されるような)前科何犯といった経験を重ねた犯罪者が警察のベテラン刑事としのぎを削る(ある意味専門的な)世界だったと聞いています。しかし、時代とともに手口は安直な方法に流れていき、手っ取り早く金品を入手できる強盗の手口へと凶暴化していったことを、やりきれない思いで受け止めている警察関係者も多いことでしょう。
そんなことを考えていた折、9月11日の総合情報サイト「AERA dot.」にコラムニストの井荻稔氏が『令和になって「スリ」が激減した意外な理由』と題する一文を寄せていたので、参考までに小欄にもその概要を残しておきたいと思います。
氏によれば、近年窃盗の手口の一つである「スリ」の件数が大幅に減少しているとのこと。「往来・乗物などで、他人の金品などを掠め取る」というこの犯行は1993年には年約3万件もの発生が確認されていたが、2018年になると約3000件に激減。実はそこには、日本人の“ライフスタイル”の変化が大きく影響していると井荻氏はこのコラムに綴っています。
法務省の『犯罪白書』(令和元年版)によれば、「スリの認知件数は1989年から2003年にかけて2万件を超える状況が続いていたが、2004年からは減少傾向を示し、2018年(3,281件)は平成期で最も多かった1993年(3万217件)の9分の1以下となったとのこと。特に2万5338件が認知されたていた2003年からたった1年で1万9198件へと一気に減少したということです。
なぜスリはこれほど減ったのか。ネットでは「日本人のスリや窃盗犯とかは高齢化」「スリや空き巣は後継者不足って感じ」などと書き込まれているが、(井荻氏によれば)元刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏は、「スリの認知件数がこれほど減ったのは、『日本人が持ち歩く現金が少なくなっていった』という経緯が大きく影響している」と話しているということです。
クレジットカードや交通系カード、そしてスマートフォンによるキャッシュレス決済の普及など。基本的に、スリはカード類を現金化するノウハウを持っておらず、彼らが苦労して財布をかすめ取っても中に現金はあまり入っていない。それどころか今や財布すら持っていない人も増えており、こうした状況はスリにとって死活問題だと氏はしています。
スリは現行犯でなければ逮捕できない。小川氏が現役の刑事だったころは「名人」と称される凄腕のスリがまだ現役で、(警察は彼らの顔も氏名も素性も何もかも把握しているが)“凄腕”は捜査員の目をかすめ犯行に及んでいた。現場の刑事たちは凄腕のスリにはあだ名をつけ、捜査員の間で情報を共有し、犯行現場を押さえようと日夜奮闘していたということです。
また、スリが減少した別の理由として、小川氏は「窃盗犯の高齢化と、新型コロナの感染拡大も大きい」と話していると、井荻氏は併せて記しています。「空き巣、車上狙い、自動販売機狙い、自動車盗という犯罪も、スリと同じように大幅に減少している。こうした窃盗で生計を立てていた犯人が高齢化し、引退したことが原因だと氏は言います。
特にスリの場合は、通行人の“キャッシュレス化”によって魅力的な犯罪ではなくなり、後継者の育成を阻んだ。そして新型コロナで人通りが激減したことが、高齢化の進んでいたスリ犯に引導を渡す形になったということです。
ただし、今後はまたスリの被害が増える可能性もゼロではない。小川氏が指摘するのは、外国人スリグループが再来日するというシナリオだと井荻氏は話しています。
「外国人スリグループは組織化しており、社長格のリーダーがトップに立ち、見張り役、足止め役、周囲の視線を遮る『壁』役など、メンバーの役割が細かく定められている。2000年代に日本で猛威を振るったのが、ターゲットをグループが取り囲む形で行われる犯行で、スーツの内ポケットの底面部を切り裂くなど、これまでの日本のスリの技術は異なるタイプのものだそうです。
さて、言われてみれば海外の観光地などでは、スリはまだまだメジャーな犯罪です。私も(コロナ前でしたが)ロシアのサンクトペテルスブルクのマーケットの出入り口で、大勢の男たちに囲まれ危うくバッグからパスポートなどをスリ取られるところでした。
ともあれ、日本の社会の変化とともに、犯罪が大衆化し暴力的になっていることは紛れもない事実です。(なおかつ)昨今の日本の社会で「現金」を手元に持っているのは高齢者くらいなもの。彼ら・彼女らをターゲットとした犯罪が増えるのも、(ある意味)時代の趨勢ということかもしれません。
単身高齢者が増加している状況を踏まえ、まずは特殊詐欺で培ったノウハウをもとに、手元にお金を持っていそうなお年寄りを選び出す。あとは、SNSで(物事の後先を考えない)若者を雇い、力づくで奪い取らせた金品の上前を、自分たちは安全な場所にいながら撥ねていくといった犯罪の新形態も、個人が分断されたネット社会の産物だということでしょう。
キャッシュレス、高齢化、コロナ禍…スリの減少は日本の世相を大きく反映した結果であり、(石川五右衛門の昔から)犯罪の有り様は社会を映す鏡に他ならないと話すこのコラムにおける井荻氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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