MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

#2488 遠のく財政健全化

2023年10月30日 | 社会・経済

 7月29日の日本経済新聞の社説は、政府による中長期の経済財政試算で国と地方の基礎的財政収支(PB)が2025年度に1.3兆円の赤字が残り、黒字化が政府目標よりも1年以上遅れる可能性が高まっている現状に対し、「財政健全化へ改革の手抜くな」と厳しく指摘しています。

 2022年度の一般会計税収は、物価高による消費税収の上振れなどで過去最高の71兆円にのぼっているとの由。しかしそれでもPBは、2025年度以降もずっと赤字が続く見込みとなっている。岸田文雄首相は「人への投資」などで生産性を高め、歳出改革を徹底すれば「25年度のPB黒字化が視野に入る」と語ったが、即効性の低い政策で改善するような(容易な)状況ではないというのが社説の立場です。

 さて、実際に6月16日に閣議決定された政府の「経済財政運営と改革の基本方針2023」(いわゆる「骨太の方針」)を見ても、首相肝いりの異次元の少子化対策や「新しい資本主義」加速化などの取り組みが盛り込まれています。しかし、肝心の児童手当の増額や防衛費の増額といった新たな追加歳出に関する財源については一切言及されていないのが現実です。

 財政運営について、「歳出構造を平時に戻していく」「中長期的な視点を重視した経済財政運営に取り組む」と唱ってはいるものの、PBの黒字化達成の目標年度も記載されていない「口先だけ」の財政再建と揶揄する向きもあるようです。

 さて、こうした状況を踏まえ、(少し前の)5月25日の日本経済新聞の経済コラム「大機小機」が「財政問題、日本の政治は別空間」と題する一文を掲載していたので、改めてこの機会に概要を小欄に残しておきたいと思います。

 米国では連邦債務の上限引き上げを巡る協議が一大政治イシューとなり、市場と金融、経済そのものも揺るがしかねない事態になっている。翻って日本の政界は、財政の健全化に関する議論は極めて乏しいのが現状だと筆者はこのコラムに記しています。

 一体、なぜこんなことになってしまったのか。ここ10年ほど、自民党の財政をめぐる主流派は安倍晋三元首相を中心とする「積極財政派」が握ってきた。このグループの特徴は財務省への不信感が強いところにあり、(安倍元総理の「回顧録」にあった)「増税のためなら政権だって平気で倒す」という姿勢で、財政の健全化は財務官僚の陰謀だといわんばかりだというのが筆者の認識です。

 (実を言うと)これには歴史的、人的な背景がある。かつての自民党は現在の岸田派にあたる「宏池会」と、茂木派の源流となる田中派、竹下派が保守本流派閥と呼ばれて首相を輩出するか、派閥の力で首相をつくり出してきた経緯があると筆者は説明しています。

 派閥全盛の当時、(中でも)一強をうたわれた竹下派幹部の了解さえとれば政策は進んだ。筆者によれば、その根回しの過程で軽視されてきたのが、いまの最大派閥、100人を数える(現在の)安倍派だということです。

 そうした状況を振り返り、旧大蔵省時代を経験した財務省OBは、財務省が目の敵にされる現状は、「あの頃、地道に竹下派以外の幹部への説明を怠ってきたツケだ」と認めていると筆者は話しています。

 いきおい、第2次安倍政権が誕生してからは、いわゆる財政再建派は自民党で少数派になった。「財政が厳しい」という見方はすべて「財務省の陰謀」で、「まだまだ他に財源はある」との主張が大きくなっていったということです。

 ではなぜ、かつての「保守本流」、宏池会が政権をとった今でも財政健全化論が勢いを増してこないのか。答えは新型コロナウイルス禍以降、連発した予備費と基金にあるというのが筆者の見解です。

 一種の「つかみ金」である予備費や基金は、おカネの厳密な使途などが定められていないため、党内や政府部内の調整が容易である。すると規模だけが重要になり「無駄遣いになるかも」という気持ちが薄れ、財源についての意識も「使い残しが出ることがほとんどだから」とチェックが甘くなると筆者は言います。

 自ずと、「何兆円規模」といった規模感ばかりが新聞の紙面を踊り、「やってる感」ばかりが醸し出されることになる。そして、これこそが(政治家たちが)財政問題を直視しない元凶となっているというのが筆者の指摘するところです。

 折しも今年の8月には、予算を計上しながら使わなかった2022年度決算の不用額が11兆円を超えて過去最高となったと大きく報じられました。当初予算と補正予算の歳出総額約139兆円のうち、使いきれずに翌年度に繰り越した金額も18兆円に迫り、過去3番目の高水準だったということです。

 そうした中、岸田内閣によって突然のように打ち出されたのが、今回の経済対策における「所得税減税」と「一時金の支給」という政策。税収の増加分を国民に「還元する」という理屈のようですが、そんな余裕があるのであればもっと他にやることがあるだろうという主張にも十分に理があるような気がします。

 なるべく早く「平時に戻す」という義務感の下、米国も欧州も途上国も、コロナ禍が終わって財政と金融の問題に苦闘する。そしてその一方で、日本の政治だけが(なぜだか)「別空間」にいようだとコラムを結ぶ筆者の指摘を、私も「さもありなん」と受け止めたところです。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿