日本経済新聞に連載されている識者の寄稿による解説記事「経済教室」では、1月4日から3回にわたり「大転換に備えよ」とのタイトルで、エコノミストらによる今年1年の内外の経済動向の見通しを掲載しています。
1月5日はその第2回として、政策研究大学院大学学長の白石隆氏が「アジアの経済原則 火種に」と題するレポートを寄せています。
11月の米国大統領選挙におけるドナルド・トランプ氏の勝利に象徴されるように、反グローバリズムと内向きの排外的ナショナリズムが欧米で勢力を伸ばしつつある中、(2017年)アジアの経済・経済はどのような動きを見せていくのか。
オバマ政権下の米国においてアジア・太平洋地域の経済政策の大きな柱となってきたTPPについて、トランプ氏は既に離脱を表明しています。米国が批准しなければ発行しないため、TPPが頓挫することは恐らく間違いないでしょう。
しかし、アジアにおける軍事力再配備の基礎にある米国の前方展開戦略が見直されることは(恐らく)ないだろうと、白石氏はこの論評で述べています。
ただし、(だからと言って)パートナー国との連携が今までどおりであるとも思えない。これまでのトランプ氏の言動を見る限り、トランプ新政権は(その場その場の状況に応じ)自己中心的に国益重視のリアリズムに基づく「力の外交」を展開する可能性が高いということです。
それでは、そうした条件の下でアジアの政治経済動向はどこに振れていくのか。
白石氏はここで、欧米とアジアで、1996~2005年と2006~2015年で1人あたり実質国内所得の伸び方が大きく違っていることに着目しています。
欧米では1996~2005年にかけて、1人あたり実質国内所得が順調に伸びた。主要先進国で伸び悩んだのは日本だけだったと氏は言います。しかし、それに続く2006~2015年には、ドイツを例外として伸びは日本と同じかそれ以下となった。「日本病」が言われるのはそのためだということです。
白石氏によれば、ここで重要となるのは、欧米では
(1)冷戦終結以降、欧米経済は07年の国際金融危機まで順調に成長し、人々の生活水準が向上し期待も膨らんだ
(2)ところがその後、経済は伸び悩み、人々の期待も裏切られた
(3)だから多くの人々は「エリートは自分たちのことしか考えていない」「政治が悪い」と怒っている
――という所にあるということです。
一方、アジアではどうなのか。
アジア諸国の1人あたり実質国民所得は1996~2005年よりも2006~2015年の方が伸びている。その結果、人々の生活水準は冷戦以降一世代で大いに向上し、「自分たちの生活はこれからもっと良くなる」「子供たちの生活は自分たちよりずっと良くなる」との期待が膨らんでいると白石氏は指摘しています。
従って今のところ、人々は「政治が悪い」とも思わなければ、グローバル化に反発する理由もないということです。
しかし、これから先はどうなるか。
当然ですが、アジア経済が今後も今までと同様、順調に成長し、人々の生活がもっと良くなるという保証はどこにもありません。また、韓国、タイ、中国などではこれから先高齢社会が到来することは明らかであり、社会保障システムの充実が大きな課題となっていることも事実だと氏は説明しています。
(そんな中)もしも経済成長が減速し、生活は期待したほど良くならないとしたら。そして、社会保障が貧弱なままで、将来が心配だということになったら…。白石氏は、そういうことになると、アジアでも「政治が悪い」という不満が(急激に)高まりかねないとしています。
そのとき人々の怒りがどこに向かうのかと言えば、国によっては(怒りが)宗教的不寛容などと結びつき、「内向き」のナショナリズムとして表出するかもしれません。しかし、それ以上に懸念されるのは、怒りがナショナリズムの形で外に向かうことだと白石氏は指摘しています。
多くの人が恐れるように、これは特に(一党独裁の政治体制のもと強大な軍事力を有する)中国について最も強く懸念されるところでしょう。実際、経済は既に減速し始めている。党国家体制の腐敗に対する人々の不満と不信も大きい。生活は今後もっと良くなるはずだという期待が裏切られ、政治が悪いと中国人民が怒り出す可能性は十分にあるということです。
白石氏は、実は中国の指導者たちはそうした状況を見据えたうえで、既に自分たちがアジアの盟主になるつもりでいるのではないかと見ています。
習近平国家主席が「中国の夢」を語り、(周辺国との摩擦を押してまで)力によって南シナ海、東シナ海での現状変更を試み、またアジアから欧州に至る経済圏構想「一帯一路」の経済協力により周辺諸国を懐柔し中国中心の勢力圏を構築しようとしているのは、「まさにその時のため」ではないかというのが、現在の中国の世界戦略に関する白石氏の認識です。
そうした状況を前提とすれば、米国のトランプ新政権が「力の政治」を前面に押し出せば、米国は中国ナショナリズムの格好の敵として位置付けられるだろうと白石氏はしています。
であるとすれば、日本はどう備えるべきか。
新興国の台頭、特に中国の台頭でインド・太平洋の地域秩序は確実に変容している。そして、そこで重要となるのはこの現実を見据え、多国間でルールを作り、地域の秩序を進化させることだと白石氏は説明しています。
氏は、日本はまず、米国の新政権に対し「アメリカ・ファースト」でユニラテラルに行動することが結局は米国の利益にはならないことや、マルチラテラリズムこそ長期的に米国の利益になることを十分に説く必要があるとしています。
そしてその上で、日米同盟の強化、日米同盟を基軸とする地域的なハブとスポークの安全保障システムの強化とネットワーク化し、広域自由貿易圏の構築に努めることが重要となるということです。
トランプ氏が今後、どのような外交・安全保障・対外経済政策を採り、中国や他のアジア諸国がこれにどう反応するか。それによって、アジアの国際関係は大きく変わると白石氏はしています。
日本は超大国ではない。しかし小国でもない。日本がどう動くかはアジアの国際関係を左右するというのが、日本の置かれた「位置」に関する白石氏の認識です。
(だからこそ)日本は右往左往することなく、この地域の安定勢力、予見可能性の高い信頼される国として、これまでの外交・安全保障・対外経済政策を推進していくことが肝要だと結ぶこの論評における白石氏の指摘を、私も大変興味深く読んだところです。
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