MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1976 女王蜂症候群(queen bee syndrome)

2021年09月25日 | 社会・経済


 「女王蜂症候群(クィーンビー・シンドローム」という言葉があるそうです。名前だけ聞くと、何やら(高級クラブのような)隠微なイメージが漂いますが、これは、女性上司が男性よりも女性の部下に手厳しく対応する状況を、「女王蜂」の振る舞いに例えた言葉だということです。

 健康社会学者の河合 薫氏(日経ビジネス2018.3.6「上司が女性部下を潰す不都合な真実」)によれば、これは今から50年近く前の1974年、米ミシガン大学のグラハム・ステインズ教授ほかの研究論文「The queen bee syndrome」で使われた言葉。男社会で成功した女性が自分の地位を守るため、他の女性の活躍を快く思わない心情を表すものだということです。

 「女王蜂」は、男社会の中で必死で頑張ってきたエリートで、育児も仕事も完璧にこなすスーパーウーマン。仕事もできるし、身体もタフ。職場のマッチョタイム(会社人間時間)に適応し、夫とも対等な関係を築いている人たちです。彼女らは「この地位を手に入れられたのは、自分が頑張ってきたからだ」という自負心が強く、今の地位も気に入っている。なので、女性全体の地位向上には至極冷淡だというのが論文の説明するところです。

 さて、(時と場所は移って)官民挙げて「女性活躍」が叫ばれている昨今の日本の状況です。組織内においては「女の敵は女」というのはよく聞く言葉で、女性の上司が増える中、部下と上司の足の引っ張り合いや誹謗中傷なども(あながち)テレビドラマの世界だけのものではないでしょう。

 実際、女性管理職などを集めた研修会などで話を聞いていても、「女性が多い職場の方が難しい」「女性の部下は扱いづらい」などという言葉は様々な場面で出てきます。企業社会のルールの中でなんとかここまで頑張ってきた彼女たち。(いわゆる「バリキャリ」ではなくとも)仕事のためにはそれなりの無理をしたこともあったし、家族にも多少の負い目を抱えてきたことでしょう。

 一方、部下たちの中には様々な考え方の人がいるのも事実です。男女を問わず、仕事への「甘え」が目立つ人もいるでしょうし、もうちょっと背中を押せば一皮むけそうな女性の部下も多いはずです。しかし、良かれと思って行った指導は思うように受け止められない。甘い顔をすれば「だから女は…」と舐められるし、厳しく言えば「ヒステリー」と陰口を叩かれる。特に、同性の上司を見る女性部下の視線には厳しいものがあるのかもしれません。

 こうして、男性中心の企業社会においてロールモデルが少ない中、自らの力でキャリアを積み上げてきた女性管理職の心は千々に乱れ、その悩みは様々に尽きないようです。

 一方、8月29日の「文春ンオンライン」に掲載されていた、近畿大学教授の奥田祥子氏によるレポート『捨てられる男たち 劣化した「男社会」の裏で起きていること』によれば、この言葉(queen bee syndrome)を生んだ米国では、こうした症候群への解釈は、現在でも、日本とは少し違ったニュアンスで捉えられているようです。

 キャリアウーマンは、男性優位社会で努力して指導的地位に就いて成功した人ほどそのポジションに固執するようになる。結果、自分より職場で下位にありかつ有能な同性を、自身の地位を脅かす存在、すなわち「敵」とみなすようになると言われている。女王蜂が、ライバルとなるメスと敵対し、場合によっては食い殺すように、指導して助けるどころか足を引っ張って昇進を妨害するというというのが、「女王蜂症候群」のイメージだということです。

 「女王蜂症候群」に関する論文が世に出た時期は、ウーマン・リブ運動が米国から世界へと広がった時期とも重なり、欧米では女性の社会進出に伴って(女性上司という存在への戸惑いが)一気に表面化した問題だったと、奥田氏はこのレポートで説明しています。そうした中、「だから女性は組織には向かない」「感情的な女性に管理職は務まらない」…そういった女性へのネガティブなニュアンスが、この言葉にはついて回ってきたということでしょう。

 一方、国の「女性活躍」政策もあって、日本では近年になってようやく、「女性管理職と女性部下」という従来にはなかった職場の人間関係が生まれてきたと奥田氏は話しています。そして、(様々な事例に当たる中で)日本には日本なりの「女王蜂」の問題が水面下で広がりつつあることが判ってきたというのが、現状に対する奥田氏の認識です。

 「『私は子供が熱を出すくらいで仕事を休んだことはない』と言われた」「服装からお茶の出し方まで、細かな指摘が多い」「男性の部下には甘く、私たち女性には厳しい」などなど、批判の声は止まらない。(彼女たちの思いが込められた)女性の部下への熱心な指導が、素直に受け止められていない状況があちらこちらの職場で生まれているということのようです。

 さて、そういう状況があればこそ、女性管理職の中には「女性の部下は面倒くさい」という声も上がってくるのでしょう。「強く言うとすぐブスっとする」「自分の頭で考えようとしない」「すぐ人に頼ろうとする」などなど。居酒屋などに誘われて具体的な話を聞けば聞くほど、彼女らの愚痴もわからないではありません。

 男社会の中で鍛えられてきた彼女たち。同期の男性としのぎを削り、寝る間を惜しんで仕事と子育ての両立を図ってきた経験があればこそ、現実の厳しさもよく知っています。それでも、その「愛の鞭」の思いや有難さを、今どきの女性たちにはなかなか分かってもらえない。「名誉男性」として戦うための鎧を脱ぎ捨て、普通の母親や女性に戻らなければ、女性同士の対等な議論にはならないということなのでしょうか。



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