「美しい国」は、先に銃弾に倒れた安倍晋三元首相が2006年の自民党総裁選挙に臨むにあたり掲げた、日本の国家像として知られています。
同年、文芸春秋社から上梓された『美しい国へ』で安倍氏は、「活力とチャンスと優しさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする、世界に開かれた国の姿」それこそが「美しい国、日本」 だと定義しています。
豊かな自然をと歴史に育まれた文化、そうしたものを大切にしながら、世界から尊敬され国民全体が誇りを持てる(自立した)国にしたい…安倍氏の理想は(簡単に言ってしまえば)そういうことだったのだろうなと(感覚的には)理解はできます。
しかし、「美しい」という感覚は多分に主観的なもので、そのイメージは人それぞれです。さらに、この「美しい国」構想には、保守的、道徳的なイメージが(そこはかとなく)漂っていたことなどもあって、メディアを中心に様々な評価があったのもまた事実でしょう。
安倍元首相が、この「美しい国 日本」の理念を唱え始めてから既に15年余り。その三分の二ほどの長期間にわたり(日本の)宰相の座にあった安倍氏は、(もしも存命であったならば)現在の日本の社会をどのように評価するのか。
折しも、書店で手にした総合情報誌「Newsweek(日本版)」の8月16日号の特集は、「世界が称賛する日本の暮らし」というものでした。そこには、「外国人が証言する日本の暮らしやすさ」として、「子どもが自由に街を歩けるニッポンの不思議」「世界一の保険診療」「世界に誇る教養教育」「包容力に溢れたオタク天国」などと並んで、「世界が「安っ!」と驚く国」などと言う言葉も並んでいます。
思えば、アベノミクスの名のもとに、様々な社会・経済対策が(これでもかと)打ち込まれてきたこの10年余。経済では世界に置いて行かれつつあるものの、美しい国になったかどうかは別にして、日本の国民は(震災やコロナなどで傷つきながらも)それなりにしたたかに生き抜いているのかもしれないと思わないではありません。
少子化だ、インフレだ、ウクライナだ、円安だ(など)と、日本の社会に次々に荒波が押し寄せてくる昨今の情勢を踏まえ、8月18日の日本経済新聞の「大機小機」に『日本社会、競争力の在りかは』と題する一文が掲載されていたので、この機会に紹介しておきたいと思います。
かつて世界第2位の国内総生産(GDP)を誇った経済大国日本も、近年では米国や中国に大きく引き離されてしまった。1990年代に米国の2分の1を超えた名目GDPは4分の1以下になり、日本の5分の1程度であった中国は日本の3倍を超える経済大国になっていると筆者はその冒頭に綴っています。
1人当たり名目GDPでみても、日本はG10諸国の中でイタリアと並んで最下位に近く、韓国にも急追されている。この指標で2021年の数値を見ると、日本は米国の6割弱にまで落ち込んでいるということです。
しかし、(だからといって)この日本で仕事を持ち、子供を生み育て教育を受けさせ、医療サービスを使い余暇を楽しんでいる多くの人々にとって、米国の中間層の生活はさほど魅力的には見えないだろうと筆者はこのコラムで指摘しています。
彼の国では、一般的な保育園の費用は月1000ドルを超え、子育ての負担は日本の少なくとも数倍となる。医療費も一般に保険料が高い上に多額の自己負担が必要で、虫垂炎で1日入院するだけで(保険がなければ)1万ドル以上の費用を覚悟する必要があるとされている。
文系でも大学の授業料は年間5万ドルを超え、これも日本の5倍程度の水準になっている。このため、進学のタイミングで1000万円を超えるローンを組む学生が多く、若者の間に卒業後の債務不履行が多発しているということです。
国際的な物価比較に入らないことが多い保育、医療、授業料などに大きな違いがあり、表面上の所得金額の差が生活水準に直接つながっていないのが現在の米国の姿だと、このコラムで筆者は説明しています。
さらに、人口を上回る銃が保有され、犯罪歴がなければ簡単に銃を購入できる米国では、治安の悪さも生活費に大きな影響を与えているというのが筆者の認識です。
相対的に安全な自治体もあるにはあるが、治安が良く公教育の質の良い地域の不動産は非常に高価であり、不動産価格の1~2%程度の固定資産税も高くなると筆者は言います。
固定資産税収の多い自治体は警察官も多く質も良くなり、学校にもお金をかけることができるので富裕が集まってくる。逆に不動産価格の低い地域の自治体は警察力も低く、学校の質も悪く所得の低い層が集中するということです。
米国のこうした状況からもわかるように、日本の社会の長所は、生活の基礎となる医療、保育、教育などのサービスが政府による保険や補助金などにより相対的に安価に提供され、また犯罪率が低く治安が比較的良好に保たれていることだと、筆者はこの論考の最後に記しています。
こうした広い意味でのサービスは、質を考慮した上で国際比較することが難しい。そして、こうした状況が、日本社会の競争力を(その実力よりも)低く見せているというのがこの論考で筆者の指摘するところです。
ダメだダメだと言われながら、それでも(心優しい日本人たちが暮らす)この日本の社会には、海外の先進諸国と比べてもまだまだ良いところがたくさんある。
日本が(安倍元総理の言う意味で)本当に「美しい国」になっているかどうかは別にして、(世界を生き抜く上で)多くの人が安心して暮らせる日本の安定した社会の強みを活かした戦略が(きっと)あるのだろうと、このコラムを読んで私も強く感じたところです。
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