6月13日まで英国のコーンウォールで開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)は、中国に対して人権問題の改善や、台湾海峡の平和と安定を求める首脳宣言を採択し閉幕しました。
今回のサミットにおける宣言の特徴は、G7などの先進各国と様々な分野で対立を深める同国に対して気候変動対策等での協力を謳う一方で、香港や新疆ウイグル地域などにおける人権の尊重を(一致して)求めているところにあると言えます。
さらに首脳声明では、法の支配に基づく自由で開かれたインド太平洋の維持の重要性や台湾海峡の平和と安定の重要性が強調されるとともに、東シナ海と南シナ海における現状変更等の一方的な試みに強く反対することなども明記されるに至りました。
一方、中国共産党系日刊紙の「環球時報」(電子版)は6月14日、こうしたG7首脳声明に反発し「西側の大国が、中国への非難や干渉を最も体系的に行った」と批判する社説を掲載しています。
社説では、(米国の意図に反し)ドイツやイタリアなどは敵対的な方法で中国に対処することに反対していたと指摘。「共同声明は妥協による産物だ」として、「中国が各国との正常な関係を発展させれば、米国の策謀を打ち破ることができる」との考えを示したとされています。
いずれにしても、中国が、経済的にも地政学的にも、米国を中心とした自由主義社会との間で様々なトラブルを抱えているのは事実でしょう。そしてそれにもかかわらず、その当事者である中国が、対外的に「戦狼外交」と呼ばれるような好戦的・挑発的な言動を繰り返しているのはなぜなのか。
7月3日の日本経済新聞では、同紙コメンテーターの秋田浩之氏が「共産党王朝、なぜ生き急ぐ」と題する論考を掲載し、その理由に踏み込んでいます。
創立100年を迎えた中国共産党は今、習近平党総書記(国家主席)のもと米国主導の世界秩序に挑み、米中関係はこれまでにない冷え込みを見せている。ワシントンでは昨年来、中国の言動にとどまらず、共産党体制そのものを敵視する見方も広がりつつあると、秋田氏はこの論考に綴っています。
米国ばかりでなく、中国は強気な言動から東アジア、東南アジアなどの周辺国やオーストラリア、インド、欧州などとも対立し、自らを孤立させている。爪を隠し、各国と協調したほうが指導力を広げやすいはずなのに、習近平政権はなぜ、各国を敵に回してまで超大国への道を生き急ぐのか。
秋田氏によれば、(その理由として)主要国の当局者や識者の間では次の2つの仮説が交錯しているということです。
その一つは、国力を急激に増した中国がその勢いに酔い、(ある種の)「自信過剰」に陥っているという仮説です。
2008年のリーマン・ショックでは、(いち早く回復した中国と異なり)米欧型の経済モデルは大きく傷ついた。コロナ危機では民主主義国の統治力も試練に遭っている。習氏はそこに(自らが率いる政治・経済体制への)自信を深め、今こそ米主導の秩序を変える好機と信じているというものです。
一方、二つ目の仮説は、その逆をいく見方と言えます。今、油断したら1991年に崩壊したソ連の二の舞いになってしまう…こんな習氏の不安が強硬策につながっているというものです。
貧富の格差が広がり、失業への不安も渦巻いている中国。各地で少数民族との軋轢も強まっており、こうした火種が体制を脅かすのを防ぐため香港やウイグル族への統制を強め、外国に対しても強硬な態度に出ているということです。
さて、こうした見立てについて、「事実に近い・遠い」はあるにしても、正解はいずれか片方ではなく両方とみるべきだというのがこの論考における秋田氏の見解です。
自信過剰と不安症を併発している状態と言うのでしょうか。しかしその分、中国が冷静さを欠いた行動に出る危険も高まる。将来、この傾向はさらに強まるだろうと氏は見ています。
中国では65歳以上の人口が13.5%に達した。また2022年にも総人口が減少に転じるとの予測がある。そうした中で共産党が民心をつなぎとめてこられたのは、人々の生活を底上げしてきたからで、それこそが改革・開放路線を始めた鄧氏以降の共産党指導部の功績だったと氏は言います。
しかし、今後の少子高齢化によって豊かさが頭打ちになれば、共産党の正統性と党への支持は一気に揺らぎかねないというのが秋田氏の認識です。
中国の歴史上、永遠に続いた王朝はない。だとすれば、「共産党王朝」はいま、何歳くらいに達したとみればよいのか。
秋田氏によれば、中国史を研究する京都府立大学教授の岡本隆司氏は、「デジタルやハイテクなどの装備を有する共産党は今のところ盤石で、まだ老齢期に入ったと思えない」と話しているということです。
一方、岡本氏は、習体制の現在の強さと弱さは、明朝と重なる面があると指摘していると秋田氏は続けています。
明朝は鎖国政策や中華イデオロギーで国内を引き締め、異論を封じ込めた。しかし、そのために末期には活性化した民間の反発が相次ぎ、統治がほころびていったということです。
約300年にわたった明朝は、その後内部から崩れ1644年に滅びた。一方、その後の清朝が、(明朝流の統制を緩めた結果)外国勢力に侵食され、20世紀初めに倒れたのは多くの日本人の知るところでしょう。
「内憂外患」とはよく言ったもので、組織の敵はどこにでもいるものです。もちろん習氏もそこのところはよくわかっていて自らの言動をコントロールしているわけですが、思いがけない偶発的なできごとが致命的なトラブルに発展するというのもよくある話です。
例え、現在の「戦狼外交」が、国内世論のプレッシャーをコントロールするための手段だったとしても、その空気に酔い血気に燃えた人々が、政府に対し次に何を始めるかはわかりません。
愛国心に燃えた軍や党員や人民たちが冷静さを欠いた行動に走ることの無いよう、習氏や中国共産党指導部にはしっかり目配りをお願いしたいと私も改めて感じるところです。
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