MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2498 昭和を引きずる遺族年金

2023年11月20日 | 社会・経済

 「妻を亡くした男性」よりも「夫を亡くした女性」に(給付が)手厚い現在の労災保険法の規定が「法の下の平等」を定めた憲法14条に違反するとして、東京都の男性会社員(54)が東京地裁に行政訴訟を起こすことになったと11月7日の朝日新聞が伝えています。

 記事によれば、労働者協同組合に勤務していた当該男性の妻は2019年6月にくも膜下出血で死亡。八王子労働基準監督署は、亡くなる前の3カ月間の時間外労働が平均60時間を超えていたなどとして、2023年3月に労災認定したということです。

 労災保険法によると、遺族補償年金を受け取るのが妻の場合、年齢に関係なく毎年給付されるとされています。しかし、(今回の事案のように)残されたのが夫の場合は妻の死亡時に55歳以上だった人だけが支給対象となり、さらに実際に支給が開始されるのも(夫が)60歳に到達してからとされています。

 こうした状況に当該男性は、遺族補償年金の受給に関し(妻の場合には年齢や収入などの制限がないのに)夫のみに55歳以上などの条件を付している現行法の規定は基本的人権の一つとされる「法の下の平等」に反すると主張しているということです。

 実はこうした男女差を設けた規定は労働災害を補償する遺族補償年金だけでなく、一般的に「遺族年金」呼ばれる遺族基礎年金や遺族厚生年金でも取り扱いは同じです。社会的には夫婦共働きが既に「普通」となっているにもかかわらす、(共に家計を支えていた)妻に先立たれた夫には(基本的に)遺族としての支援がないのが現状です。

 このような事例に代表される年金制度の遅れに関し、10月18日の日本経済新聞(コラム「内外時評」)に、論説委員の柳瀬和央氏が『「昭和」をひきずる年金制度』と題する一文を寄せていたので参考までにその一部を小欄に残しておきたいと思います。

 「夫が働き、妻は家事に専念する」―こんな昭和の家族像を前提にしたルールが公的制度にはいくつも残っていると、柳瀬氏はこの論考の冒頭に記しています。

 氏によれば、中でも「昭和モデル」として最も知られているのは「第3号被保険者制度」とのこと。会社員や公務員の配偶者で、(いわゆる「専業主婦」と呼ばれるような)一定年収以下の人は保険料を納めなくても基礎年金を受給できる仕組みです。

 そして、昭和を引きずった年金のルールはこれにとどまらない。家計を支える者が死亡した場合に残された遺族の生活を支える遺族年金にも、色濃く残っているというのが氏の指摘するところです。

 例えば、子どもがいない30歳の専業主婦が会社員の夫を亡くした場合、いずれ仕事を探して収入を得ようと考えるのが(少なくとも現在では)一般的なはずだと氏は言います。しかし、年金制度はそうはなっていない。この女性は再婚するか籍を抜くかしない限り、遺族厚生年金を実に「終身」でもらうことができるということです。

 因みに会社員の夫の月給が平均35万円だった場合。妻が受け取る遺族厚生年金は月に約4.6万円で、65歳に到達すると妻自身の基礎年金も加わり毎月約11.1万円が終身支給される。死亡時に妻が40歳以上だと中高齢寡婦加算も適用され、64歳までさらに約4.9万円が上乗せされると氏は説明しています。

 一方、男女の関係が逆だった場合。例え妻が生計を支えていたとしても、子どものいない夫には遺族厚生年金は支給されない。もらえるのは妻の死亡時に夫の年齢が55歳以上だった場合に限られ、これに該当しても実際に年金の支給が始まるのは60歳に達してからだということです。

 と、いうことで…遺族厚生年金の21年度の総額は約5.6兆円で、約571万人に支給されたが、制度の男女差を反映して受給者の97%が女性だと氏はしています。そして、夫婦共働きが一般的になった現在では、妻として遺族厚生年金を受給している女性の約8割が働いているということです。

 もちろん就労環境が男性と同じになったわけではなく、既婚女性の雇用者の5割強はパートなどの非正規雇用で今なお賃金格差は(それなりに)存在する。しかし、それでも専門家の間では、制度改正を求める声は大きいと氏は言います。

 (時代の趨勢に合わせ)自ら働いて収入を得ることができる「現役期」の遺族に支給する年金は「生活を立て直すまでの一時的な支援」と位置づけ、男女ともに数年間の有期給付とすべき。一方、子どもがいる場合は、(残された親の性別に関係なく)さらに生活をしっかり支える給付を行うべきだというのが氏の主張するところです。

 さて、これからの動向に関し、気になるのは政治の反応。中でも自民党内には、「専業主婦が家庭を守る」という昭和の家族像を重視する価値観があると、氏はここで懸念を表しています。

 埼玉県議団が子どもを自宅に置いて一時的に外出することも「虐待だ」として禁止する条例案を出し、県民の反発を招いた件もこうした価値観と無縁ではないというのが氏の感覚です。さらに、現在遺族年金を受け取っている(昭和の時代に専業主婦として家庭を支えてきた)高齢女性の利害が加わるとすれば、制度変更にはかなりの抵抗があるだろうということです。

 高齢者の生活を支える年金制度から、(昭和の感覚を引きずった)「男女の役割分担」をなくせるのか。時代の流れに沿うように見える改革も、政治のハードルは決して低くないと話すこの論考における柳瀬氏の指摘を、私も(「なるほどな」と)興味深く読んだところです。



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