米合衆国連邦議会の下院が、実に7150億ドル(約80兆円)に及ぶ運輸・水道インフラの整備法案を可決したと7月2日のCNNニュースが報じています。主な投資対象は、米国内で老朽化が進む道路や橋、鉄道の改善と修理などのほか、きれいな飲み水の確保や下水にまで及ぶということです。
この法案はバイデン大統領が進める米国雇用計画の優先項目に沿うものとの位置づけですが、既存インフラのメンテナンスなどへの投資がこれほどの規模で進められるのはこれまでになかったこと。分野ごとの投資額も、道路や橋の安全対策に3430億ドル、輸送に1090億ドル、旅客及び貨物列車に950億ドルとされているほか、さらには水道設備に1170億ドル、下水設備に約510億ドルを投資する予定ということです。
新規投資を行うとすれば、政治的には新規のインフラ整備のほうが有権者にアピールしやすいのでしょうが、必要な老朽化対策に地味に目配りするところが(花火を打ち上げることが大好きなトランプ政権とは一味違う)バイデン政権の持ち味ということなのかもしれません。
翻って、今後は人口の漸減と高齢化、そして地方部の過疎化などが予想されるわが日本ではどうなのか。税財源の大幅な増収が見込めない一方で社会保障費の増大が財政を圧迫する中、高度成長期に整備された多くのインフラの更新が大きな課題であることは、多くの専門家が指摘するところです。
(私たちが見て見ぬふりをしている)次の先の世代が利用する社会基盤の確保を、自分たちの責任として計画的に用意しておこうと考えている政治家や行政マン、そして有権者たちが、米国には確かにいるということなのでしょう。
こうした状況に関し、6月23日のNewsweek日本版では、経済評論家の加谷珪一(かや・けいいち)氏が「目先の利権を優先してきたインフラはもう限界...日本人が知らない大問題」と題する論考を寄せているので紹介しておきたいと思います。
各地域の水道料金が近い将来、平均で43%の値上げが必要になるというショッキングな試算が出ていると、氏はこの論考の冒頭に記しています。
EY新日本有限責任監査法人と水の安全保障戦略機構は、将来の人口推計や各自治体の減価償却費の推移などに基づき、2040年時点において水道事業が赤字にならないための料金について算定した。その結果、全国の自治体の94%で水道料金の値上げが必要であり、2018年を起点とした値上げ率の平均は43%にも達することがわかったということです。
現時点(2018年)における水道料金の全国平均(平均的な使用量の場合)は月額3225円。これが2043年には(平均で)4642円となり、人口が少ない自治体、人口密度が低い自治体ほど値上げ率が高くなる傾向が顕著になると氏はしています。人口が減少すれば水道料金を負担する頭数も減っていく。一方で設備を維持するための費用は変化しないため、今のサービス水準を継続するなら結果として料金を上げざるを得ないというのは単純な理屈です。
人口動態は数ある統計の中でも、最も将来予測が容易なものの1つである。インフラの更新費用も建設した時点で将来予測が可能なので、当初からそのコストを料金に織り込むことができたはずだというのが氏の認識です。厚生労働省が2009年に行った調査によると、全国の水道インフラを法定耐用年数で更新した場合、更新費用は年平均で1.4兆円に達し、2009年の実績値を大きく上回る。逆に言えば、当初から設備の更新を考慮に入れた料金体系にしておけば、急激な値上げを回避できた可能性があるということです。
さて、インフラというのは必ず劣化するので、減価償却を設定し、当該分だけ更新費用を確保できなければ継続利用は不可能となる。水道であれば(基本的に)人口に応じた整備しか行われないのでまだいいが、そうした制限の無い(いくらでも作れる)道路や橋などは、設備の更新を考慮せず新規建設の拡大を最優先してきたと氏は指摘しています。
そうなってしまった最大の理由は、新規建設のほうが圧倒的に政治利権として魅力的だったから。日本の公共インフラは皆、似たようなもので、今後、維持が困難になる地域が続出するというのが氏の見解です。人口減少も設備の劣化も以前から分かっていたこと。これは目先の利益を優先してきた日本の政治や行政、そして有権者のツケと言わざるを得ないということです。
こうした状況を打開するには、市町村水道の地域集約化を進め、インフラ運営を合理化していく以外に道はないと氏はこの論考で話しています。
水道事業については維持が難しくなっていることから大規模な民営化の議論も始まっているが、水道は命に関わるインフラであため安易な民営化はリスクが大きい。政府は、水道事業を行っている自治体の問題として丸投げするようなことはせず、厚生労働省主導で現実的な解決策を提示していく必要があるとこの論考を結ぶ加谷氏の指摘を、私も重く受け止めたところです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます