
ニクソン大統領を辞任に追い込むこととなったウォータゲート事件の告発により米国で最も信頼されるジャーナリストの一人となったボブ・ウッドワード氏によるトランプ政権の暴露本『恐怖の男(FEAR)』(日本経済新聞出版社)が、200万部を大きく超える世界的なベストセラーになっているようです。
同書には、大統領の気まぐれと思いつきに頼った予想のつかない危険な判断を、ホワイトハウスのスタッフが危機一髪のところで妨害しなんとか国を動かしている様子がいくつも描かれています。
例えば、核兵器やミサイルを持っている北朝鮮を挑発しているのは練られた策があってのことではない。大統領が外国との紛争を、「意志の強さの競い合い」だと考えているからだということです。
ホワイトハウスの高官のメモによれば、「大統領の不安定な性格、問題に関する無知、学習能力の欠如、危険なものの見方に、極度の懸念を抱いている」とされています。
実際、大統領があまりに米国の外交政策を理解しようとしないことに危機感を強めた側近らが、その思い込みを正そうと説得を試みたことが何度もあったと同書は記しています。
マティス国防長官が「ルールに基づく民主主義を主軸とした国際秩序の大切さ」を説き、ティラーソン国務長官は「この秩序が過去70年間の平和を守ってきた」と続けた。
さらにコーン国家経済会議(NEC)委員長が「メキシコ、カナダ、日本、欧州、韓国との自由貿易は本当に重要で、米国経済のためにもなっている」と説得すると、大統領は「そんなのはクソだ。聞きたくない」と逆上し、会議は険悪な雰囲気に包まれたということです。
その後「(トランプ氏は)低能(moron)だ」と話したとされるティラーソン氏は国務長官を辞任し、「大統領の集中力は10分間しか持たない」と言ったコーン委員長もホワイトハウスを去りました。
さらに、「(トランプ氏は)態度も、理解力も小学5、6年生並みだ」といった発言が報じられたマティス氏も、トランプ氏に疎んじられ年内の辞任が確定したと伝えられています。
こうして、人格的な評価としてはもはやワールドワイドで「地に落ちた」と言ってよいトランプ大統領ですが、12月25日の日経新聞の特集「歴史家が語るトランプ氏」では、米スタンフォード大学シニアフェローのニーアル・ファーガソン氏がインタビューに応じ、(久々に聞く)トランプ擁護論を展開しています。
氏はこのインタビューにおいて、大統領は人格ではなく、結果で判断されるべきだと話しています。
多くの欧米の記者は「大統領は嘘つき」といった問題に縛られ、政権として実際に何をしているのか評価できていない。トランプ氏は王様ではなく、ただの大統領。大統領の権力は憲法や官僚体制により抑えられているというのがファーガソン氏の見解です。
(色眼鏡を外して見れば)トランプ政権の政策のいくつかは効果的で、例えば中国との対峙は戦略的に正しいとファーガソン氏は言います。
支配欲を強める中国を抑える手がほかにあるだろうか。例えば南シナ海で軍事的に対峙することは効果的ではないし、米国内で支持を得られない。そう考えれば、貿易戦争は米国よりもずっと中国への打撃の方が大きい効果的な手段だということです。
また、トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)への関与を見直すと揺さぶりをかけ、欧州に防衛費増を飲ませることに成功したと氏は話しています。ドイツなどがNATO安保体制にただ乗りしているのは事実であり、米国が強い主張をすることで結果が出ることを素早く示したということです。
国家の力の源泉は、目的を達成するために確かな脅威を見せることにあると氏は言います。
オバマ前大統領は脅しをためらい、世界のリーダーの役割を放棄した。一方、(ある意味)いじめっこのようなトランプ氏の振る舞いは、米国の力を改めて世界に知らしめているということです。
さらにトランプ政権が仕掛けるのは武力戦争などではなく、貿易戦争に過ぎないというのがトランプ的手法とその実績に関するファーガソン氏の評価です。
氏は、トランプ氏が一国主義的な立場をとる背景には「行き過ぎたグローバル化」があると説明しています。
今のポピュリズムは、大規模な人の流れ、製造業の海外移転、資本の素早い移動などのグローバル化を巻き戻すよう求めている。中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年から各国でグローバル化の痛みが広がったのだから、この時点までいったん戻り、政治の安定を取り戻すことは悪くない選択だというのがファーガソン氏の見解です。
また、世界の現状を大戦前の30年代と比べる声に対し、氏は「ポピュリズムはファシズムとは違う」と反論しています。
トランプイズムは保護主義や反移民を叫ぶが、軍事的な側面は薄い。トランプ氏はイラク戦争は誤りだったと主張し、シリア内戦への介入にも後ろ向き。欧州でひろがるポピュリズムにも軍事色は薄いという指摘がそこにはあります。
さて、トランプ氏が(これまでの米大統領との比較において)賢く有能であるかどうかは別にして、「普通のエリートではできないことをする」という意味で特異な存在であることは誰も否定しえないでしょう。
もちろん、それが上手くいくこともあれば手ひどい結果に終わる可能性もある。「昔から〇〇とハサミは使いよう」と言いますが、劇薬も処方よっては良薬に変わるということでしょうか。
とはいえ、国際社会のリーダーは「まっとう」な人ばかりとは限りません。中にはフィリピンのドゥテルテ大統領のような(トランプ氏を上回る)過激な人もいれば、北朝鮮の金正恩委員長のような独裁者もいる。
つまり、相手によっては「トランプ的」な手法が裏目に出て、目も当てられない状況が世界の人々を巻き込む可能性があるとも言えるでしょう。
これからも引き続く「トランプ・リスク」を世界はどのように回避していくのか。いすれにしても、彼を大統領に選んだ米国の選挙民とホワイトハウスの面々には、よほどその責任の大きさを考えてほしいと改めて感じるところです。
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