MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1263 米中貿易戦争の受け止め

2019年01月04日 | 国際・政治


 米国が内向きの政治に転じ、一方で欧州はポピュリズムの横行と英独仏の混迷で求心力を低下しつつある。こうして世界の安定を支えてきた軸が消えつつある中で、2019年に最も警戒すべきなのは米国と中国の覇権争いによる混乱だと、元日の読売新聞の社説は論じています。

 同社説は、今年の国際社会における最大のリスクは「米国第一主義」のトランプ大統領の不安定さにあると見ています。

 「米国が直面する最大の脅威」「中国の経済的侵略」と、世界唯一の超大国の座を脅かされた米国は政権の主張に引っ張られる形で、かつて「戦略的パートナー」と呼んだ中国への姿勢を一変させている。

 貿易赤字縮小という目先の利益を、外交や安全保障より優先してきたトランプ氏。ツイッターの言動は予測できず、政権運営の稚拙さは目に余るということです。

 さらに今後、大統領選をめぐるロシアとの共謀疑惑などが深まれば、トランプ氏は窮地を脱しようと、一段と対外政策で強硬になりかねないというのが同紙の不安視するところです。

 しかし、それでも現在の国際社会で米国に代わりうる国はない。一国で世界の国内総生産(GDP)の4分の1、軍事費の3分の1を占める米国を世界秩序の維持に関与させることが、結果として日本の国益にもつながることは間違いないとこの社説には記されています。

 こうして、トランプで始まりトランプに振り回されることが(半ば)確実視されている2019年ですが、就任から2年を経たトランプ政権は(その実)米国経済に空前の好景気をもたらし、支持率も共和党支持者に限れば約8割と依然として高水準を保っているのが現実です。

 また、(これは「驚くべきこと」と言っても良いのですが)米ギャラップ社が実施した「最も尊敬する男性」に関する米国内での世論調査(18年12月)では、トランプ氏は13%の得票を得て堂々2位の位置をキープしている(1位はバラク・オバマ前大統領の19%)と報じられています。

 その一方で、大統領が(米国を脅かすモンスターとして)やり玉に挙げている中国に対してその存在を肯定的に捉えている米国人はわずか10%に過ぎず、46%が米国に脅威を与える存在として否定的に見ているというデータもあるようです。(米NBCニュース・ウォール・ストリート・ジャーナル紙の共同世論調査(18年12月))

 協調基調にある世界経済や自由貿易主義の「破壊者」に擬えられることの多いトランプ氏ですが、少なくとも米中貿易戦争に関しては(共和党支持者ばかりでなく)米国民の多くがトランプ氏の「やり方」を支持(若しくは容認)しているのは何故なのでしょうか。

 「週刊PRESIDENR」誌の10月15日号(特集「トランプ5つの誤解」)では、早稲田大学招聘研究員の渡瀬裕哉氏が、その理由は(敢えて言えば)「中国の理不尽な通商政策」にあると指摘しています。

 氏は同誌への寄稿において、トランプの関税政策、特に対中国の貿易戦争は、必ずしも競争力がある外国の製造業から自国産業を守る保護主義的な意図を持ったものとは言えないと説明しています。

 むしろトランプ(若しくはホワイトハウスの通商官僚)の狙いは自国の産業保護ではなく、中国の市場環境の整備を求める半ば内政干渉的な要求にある。トランプ政権は(貿易赤字の解消に名を借りて)中国政府に対して強制的な技術移転をはじめとした知的財産に関する取扱いの是正など、中国の国内制度の変更を求めているということです。

 渡瀬氏はこの論考において、現在の米国の貿易黒字は(基本的に)サービス業によってもたらされていると指摘しています。

 特に近年では金融ばかりでなく、徐々に知的財産権の使用料による収益がその比率を増しつつある。高度技術によって支えられた産業は、米国に高い賃金と鑑定的な雇用を中長期的に創出・拡大する貴重な財産となっているということです。

 知財が通商政策上重要な位置を占めるようなった現代社会において、中国は世界最大の知財の侵害国家と見なされるようになった。そうした状況を鑑みれば、知財の使用料で利益を得ている米国が中国の理不尽な制度を是正するよう求めるのはむしろ当然の成り行きだというのが渡瀬氏の見解です。

 むしろ、トランプ政権による中国への要求は、目に見えるモノによる単純な貿易問題ではなく、目には見えない高度な技術をやり取りする現代の通商関係の基礎をつくる上での欠かせない環境整備だろうと氏は説明しています。

 2国間交渉によって問題の解決を迫るトランプ政権の姿勢は、(中国や第三者の眼には)やや強引なものに映るかもしれない。しかし、米国というスーパーパワーが本気を出さなければ、(そうした要求を)中国が歯牙にもかけないことは事実だろうと渡瀬氏は言います。

 中国は、トランプの関税政策について自由貿易を破壊するものとして批判しているけれど、その実、米国は中国を公平でグローバルな貿易環境に適合させるために身を切る努力をしているのかもしれないということでしょうか。

 氏はこの論考の最後に、日本人はトランプの関税政策の「全て」を保護主義的なものとして切って捨てる雑な議論をやめるべきだと指摘しています。

 トランプ政権の関税政策に対してひとつひとつ詳細に検討し、その(高度な)意図を理解して対処することが重要だと考える渡瀬氏の視点を、私も大変興味深く読んだところです。



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