MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1960 「悪者探し」をしていてもしょうがない

2021年09月09日 | 社会・経済


 「日本の医療崩壊は危機的な状況にある」「政府や東京都は野戦病院(臨時医療施設)を作るべき」「ワクチン接種が進んでも行動制限は緩和すべきではない」…記者会見などで政府のコロナ対応の甘さを厳しく指摘し続けている日本医師会の中川俊男会長。しかし、私の周囲では、「まるで他人事みたい」「偉そうなことを言う前に(医師会として)もっとやるべきことがあるだろう」と話す最前線の医療従事者も決して少なくありません。

 昨年6月まで8年余りにわたり日本医師会会長を務めた横倉義武氏は、「文芸春秋」のインタビューに応え「コロナという国難が続く中、日本医師会が国民から信頼を失いつつある」と話しています。(「日本医師会はなぜ嫌われるのか」文春オンライン2021.8.21)

 横倉氏は、最近、耳に届いているのは日本医師会に対する不満ばかりだとしています。特に、コロナ患者の治療に取り組む大学病院の医師などからは、「今の医師会はちょっと…」との声をよく聞くようになったということです。

 なぜ日本医師会はここまで嫌われるようになったのか。コロナ下の非常事態において、「医療体制」に不安を感じている人が多いことはもちろん、「国民への働きかけ」で医師会に不快感や怒りを抱いた人も多いはず。とりわけこの1年、日本医師会が外出自粛や接触機会の削減を政府や国民に強く(口うるさく)訴えてきたことが影響しているのではないかと氏は言います。

 また、これまでも日本医師会は医療現場の声を政治に届けるパイプ役を担ってきたが、現状ではそれも上手くいっているとは言い難い。たとえばワクチンの打ち手(歯科医師の活用)の問題で医師会は自らの主張に強くこだわったが、これでは自分たちの利権を(政治力を使って)守っていると国民が考えても無理はないということです。

 その他、地域の医師会員はじめ医療従事者は頑張っているのに、日本医師会には「非常事態」との認識が足りないと感じさせてしまうような言動が相次いてしまった。氏自身、医師会はもっと努力するべきではないかと感じる場面が決して少なくなかったというのが氏の見解です。

 確かに、新型コロナ感染症の感染拡大当初から、医師会の中核をなす市中の民間病院の経営者や開業医が新型コロナの治療に消極的だという指摘は多いようです。実際、病床逼迫が強く懸念される現在でも、民間中小病院の患者受け入れが大きく進んだという話はつとに聞きません。

 厳しい状況に置かれているコロナ医療の「悪者探し」をしていても埒はあかないと判っていても、テレビなどで医師会の主張などが流れるたびに、(人に要求するだけじゃなくて)御本人たちにももう少し何とかしてもらえないかと感じてしまうのは私だけではないでしょう。

 一方、(そんな折)9月8日のNewsweek日本版に、経済評論家の加谷珪一(かや・けいいち)氏が、「医療関係者に批判や圧力を向けても医療崩壊の根本原因は解決しない」と題する論考を寄せているのが目に留まりました。

 新型コロナウイルスの感染深刻化によって事実上の医療崩壊が起こっており、医療関係者への批判が高まっている。確かに、一部の医療関係者がコロナ治療に積極的でないのは事実だが、日本で医療崩壊が発生する最大の原因は制度の問題にあり、まずは1年以上も事態を放置してきた政府に大きな責任があると、加谷氏はこの論考に綴っています。

 諸外国に比べ相対的に感染者数が少ない日本で医療崩壊が容易に発生するのは、第一に医療体制が貧弱だから。人口当たりの医療従事者数は諸外国と同レベルだが、病床数は諸外国の3倍もあり、医療従事者には日常的に過剰な負荷がかかっていたと氏は言います。

 そうした状態で、都市部の病院はコロナ感染症に襲われた。コロナ患者の対応には通常の3倍以上のリソースが必要となるため、コロナ病床を1つ確保するには、3人以上の患者を退院させなければならなかったということです。

 医療が必要な患者に退院や転院の強制はできないので、入院患者の調整には手間が掛かる。医者や看護師をコロナ治療を行っている別の病院に派遣する場合、当該病院で対応できる患者数が減り、病院の収入が減少するという問題もあると氏は指摘しています。

 それでは、なぜ日本では病床が過剰なのか。医療従事者数が同じなのに病床が(諸外国の)3倍もあるのは、(もちろん)病気になる人が多いからではなく、過剰に入院させているからだと氏は言います。そこに考えられる理由は大きく3つで、1つは診療報酬の問題、2つ目は介護制度との兼ね合い、3つ目は精神疾患の問題だというのが、この論考における加谷氏の認識です。

 (これも、大きく見れば医師会の政治力の影響とされていますが)日本の診療報酬制度には偏りがあり、病院は多数の入院患者を受け入れないと経営が成り立たない仕組みになっていると氏は説明しています。

 その結果として、重篤ではない患者も本人が希望すれば入院させている。一方、重篤でなければ退院させてしまえばよいかといえば、そうともいかない。その理由は、介護との境界線が曖昧な、疾患を抱えた要介護者が多く、病院が事実上、介護を肩代わりしている可能性を否定できないからだということです。

 氏によれば、2021年5月時点の入院患者数は約113万人だが、このうち介護との関連性が高い療養病床は全体の2割以上を占めているということです。さらに、日本では精神病床の多さも突出しており、こちらも2割以上を占めている。しかもそれら全入院患者の7割以上が高齢者だということです。

 こうして療養病床や精神病床が多いのは、介護制度や社会におけるメンタルケア体制が不十分であることの影響が大きく、医療単体では解決できない問題だと氏は説明しています。また、開業医の中にも地域のワクチン接種や高齢者ケアに尽力している人はたくさんおり、置かれた状況は様々に異なる。開業医に協力を要請する場合には、地域や診療の実状を考慮する必要があるということです。

 こうした状況下で入院患者の調整を行い、医療人材を最適配置するためには、明確なリーダーシップと合理的に意思決定できる専門チームが必要となると氏はしています。

 しかし、残念ながら(現在その役割を担っている)地域の保健所には、それだけの力は与えられていない。医療機関に対する権限を持たない地方自治体の調整能力には、自ずと限界があるということでしょう。そして、もっとも大事なのはこの部分であり、現行法の範囲でもできることはたくさんあるというのが氏の指摘するところです。

 危機下での医療体制を、だれが責任を持ってどのようにコントロールしていくのか。医療関係者に協力を呼び掛けるのは当然だが、特定の関係者にただ圧力をかけても問題は解決しないとこの論考を結ぶ加谷氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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