
2016年4月現在の生活保護受給者数は215万人で、ここ数年横ばいで推移しています。
近年では、景気回復などの影響で(高齢者世帯、母子家庭、障害者や傷病者に該当しない)「その他の世帯」は減少傾向にある一方で、社会の高齢化の影響を受け「高齢者世帯」の増加が目立つということです。
7月26日に開催された厚生労働省の「生活保護受給者の健康管理支援等に関する検討会」における資料によれば、被保護者全体の43%に障害や傷病が認められ、糖尿病など、医療機関への受診や健康管理が適切でない場合重症化するリスクが高い、重篤な生活習慣病を抱えている人が多いとされています。
検討会では、被保護者の自立を図り、医療扶助費を適正化するための健康管理支援が議題となり、受給者本人による健康保持増進への努力や市町村による健康診査に加え、福祉事務所による受診状況や健康課題の把握、服薬・適正受診指導、特定の個人や集団への介入の重要性などが指摘されたということです。
検討会では今後、「健康管理支援のねらい」「生活保護受給者の特性を踏まえた介入の方法・効果の評価」「健康診査の対象・内容」「データに基づく健康管理支援の実施基盤」などが議論され、2017年2~3月をめどに対策が取りまとめられるということです。
一般に生活保護の被保護者は、自宅に閉じこもりがちで運動不足になりがちな一方で、安価で高カロリーなジャンクフードなどを多く摂取する傾向にあるとされ、全国平均より、血圧が高かったり、肥満や痩せが多かったりするとの研究結果もあるとされています。
特に今回の厚生労働省の方針の背景には、年間1.7兆円を超え、全額が公費負担(医療扶助)となるこれら生活保護被保護者の医療費適正化に狙いがあると考えられます。
その対策として、具体的には被保護者の健康診断などのデータを分析することなどにより、生活習慣病の予防向け「データヘルス」を導入し、ケースワーカーなどが彼らの健康を管理していこうというものです。
一方、9月12日の毎日新聞(東京夕刊)では、「健康管理強化は誰のための政策?」と題する記事により、被保護者の健康管理を強化しようとするこうした厚生労働省の方針に、ひとつの懸念を表しています。
記事は、生活保護を受ける人の健康管理を強化するという政府の方針について、「一見するといい政策のようだが、なぜかひっかかる」と評しています。
雇用や格差問題を研究する和光大学教授の竹信三恵子氏は、毎日新聞のインタビューに応じ、「この政策が貧困からの脱出にどう役立つというのか。病気だけに着目しても意味がない。」と述べているということです。
記事において竹信氏は、自治体の担当者が健康管理を盾に受給者や申請者を圧迫する言動を取りかねないのではないかとの懸念を表明しています。厚労省の方針が、彼らから「健診を受けなければ受給を認めない」と威圧するような指導を誘い出し、身体の不調に苦しむ受給者をさらに追い込むようなプレッシャーを与えるのではないかという指摘です。
また、健康状態を知られたくない貧困者の中には、生活を監視されたくないという理由でから申請をためらう人が出てくることも心配だと、竹信氏はしています。
記事は次に、政策の「実効性」に疑問を呈する、関西国際大教授の道中隆(りゅう)氏のコメントを紹介しています。
都道府県や市町村のケースワーカーの人手不足は深刻で、平均しても1人当たり90世帯以上を受け持っており、現場は支給額の計算などで手いっぱいだと道中氏はしています。このような状況では、生活実態をつぶさに見たり、体調を把握したり、健康指導を行ったりということは(とてもではないが)困難だという指摘です。
さらに、ベストセラー「下流老人」の著者で、聖学院大客員准教授の藤田孝典氏も、今回の政策への疑問を隠さないとひとりだとして、記事は(氏の言葉を)紹介しています。
国の社会保障費削減の流れの中で生活保護費が減額される中、食費ですら切り詰めざるを得ない状況の人達に、「健康管理をしろ」と言うのは酷な話に過ぎるのではないかと藤田氏はしています。実際、氏によれば、食費や光熱費に充てる「生活扶助費」はこの3年間で年平均6.5%も減額され、引き下げに反対する訴訟も全国で起きているということです。
受給者の生活は決して楽ではないと藤田氏は言います。それなのに「生活保護バッシング」がやまないのはなぜなのか。
前述の竹信氏はその理由を、「病気や災害などで突然、貧困に陥る恐れは誰にでもある。でも、今の日本はセーフティーネットが弱く『転落したら終わり』という、安心感のない社会。だから社会的弱者をバッシングして、その恐怖を見ないようにしているのではないか」…そう説明しているということです。
生活保護制度は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という憲法25条に基づいて設けられたもの。(こうした理念に立ち返った時)受給者の健康管理はこの理念を実現する道と言えるのかと、毎日新聞の記事は結ばれています。
さて、記事が指摘する通り、今回の対応の目的が医療扶助の減額のみに集約されているようであれば、(それはそれで)行政の視線としては確かに欠けているものがあると言えるかもしれません。
もともと、心身ともに健康であれば、今のご時世生活を立て直すこと自体はそんなに難しいことではないはず。逆に言えば、心身が(特に精神的に)健康でないが故に、生活困窮に陥っている人が多いことも事実でしょう。
しかし一方で、そうした観点に立てば、厚労省が被保護者の心身の健康に着目し、生活習慣の改善に取り組もうとしている方向性も、あながち間違ったものとは思えません。
毎日新聞の指摘は指摘として、貧困により生活が荒んだ人々に健康管理が本人の利益につながることを(何よりも本人たちに)十分理解してもらい、そのための努力を促していくこと自体、ケースワーカーの基本的な職務であることを、この機会に改めて明確にしておく必要があるように感じます。
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