MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯779 ポジティブという病

2017年04月22日 | 社会・経済


 リーダーたちの名言集をネット上に公開しているHP「名言DS」によれば、第45代米国大統領に就任したドナルド・トランプ氏の言葉に「ネガティブに対してポジティブを圧倒的多数にしよう」というものがあるそうです。

 トランプ氏は著書『明日の成功者たちへ 勝利を呼び込む不屈の思考』の中で、「何ものにもあなたの行く手を邪魔させてはいけない。まずは両方を秤にかけてから、ネガティブに対してポジティブを圧倒的多数にしよう」と述べているということです。

 確かに、相手を見つけては徹底的に叩きまくる。敵と味方を明確に区別し、一方的に口汚く罵倒することで周囲を盛り上げ(結果として)相手を圧倒するという「攻め」の手法こそが、トリックスターと目された泡沫候補から、大統領へと氏をのし上げたパワーの源と言えるかもしれません。

 意識を内にこもらせず、常に外に向かって吐きだしていく。「上手くいかないのは全部奴らのせいだ」と考え、だから「奴らさえいなくなれば全ては上手くいく」と結論付ける。

 アッケラカンとしたポジティブ・シンキングはアメリカ人の専売特許とも言えますが、それにしても、選挙戦のさ中から見せてきた(致命的なダメージすら力に変えてしまう)トランプ氏の圧倒的にポジティブな姿には、驚きを超えて畏敬の念すら感じてしまいます。

 実際、プラス思考(ポジティブ・シンキング)を身に付ければ誰でも幸せになれるという考え方は、米国を中心に、問題に対処するスキルを向上させたり心の健康を保つための手法として広く受け入れられてきています。1952年に米国で出版され、以来15カ国語に翻訳され世界的なっベストセラーとなった『積極的考え方の力―ポジティブ思考が人生を変える』(ダイヤモンド社)は、今でも(ランキングに名前が上がるほど)根強い人気だということです。

 しかしその一方で、昨年11月8日のNews week紙(日本版)(「ポジティブ思考信仰の危険な落とし穴」)によると、最近では、こうしたポジティブ思考への(信仰とも言えるような)傾倒が、人々の意識や社会に様々な弊害をもたらすという指摘もあるようです。

 エール大学の研究者エリザベス・ニーランド氏らの研究によると、「感情を簡単にコントロールできる」と考えている人は、そうでない人に比べてネガティブな感情を覚えたときにそれを自分のせいだと感じやすいということです。つまり、ポジティブ心理の崇拝によって幸せになれる人もいれば、挫折感を覚えたり鬱に陥る人もいると記事は指摘しています。

 また、「幸せじゃないのは自分に問題があるせいだ」と責め立てるかのような(ポジティブ思考の)押し付けによって、アメリカの鬱病患者はかえって増加していると訴える専門家もいると記事は続けます。

 「楽観主義とポジティブ思考こそが幸せな人生をもたらす」というような「簡略化されたポジティブ心理学」の隆盛は、人々に「前向きに生きる」ことが強要し、「苦しいときでも笑ったり楽観的になれない人は駄目だという雰囲気を生むことになる。

 しかし、世の中にはポジティブ思考よりもネガティブ思考、いわゆる「防衛的悲観主義」のほうが向いている人も(アメリカ人の25~30%程度)存在していて、そういう人たちは悪いほうに転ぶ可能性を考えることによって不安を緩和し、往々にして悪い結果を回避する結果をもたらすという(精神分析医ジュリー・ノレムらによる)研究結果もあるようです。

 さらに記事は、ポジティブ思考のもう1つの弊害として、問題を正面から受け止めず結果として現実から目をそらす「否認」の存在を挙げています。

 深刻な状況に陥っているのは明らかなのに、すべてうまくいくと信じて、問題の解決を図ろうとしない。たとえば『ポジティブ病の国、アメリカ』(河出書房新社)で、著者バーバラ・エーレンライクはその端的な例として2008年のリーマン・ショックを挙げ、責任の一端は人々が住宅ローンを払えなくなるといった悪いシナリオから目を背けたことにあると指摘しているということです。

 結局、現代人が抱える複雑な問題を一気に解決して幸せをもたらすような魔法の心理療法はない。人生がうまくいかなくなったときに後ろ向きの感情を抱いてしまうのは、決して悪いことではないと記事は結論付けています。

 さて、1月29日の日本経済新聞(日曜に考える「こころの健康学」)では、順天堂大学特任教授で精神科医の奈良信雄氏が、心の動きを自動車に例えると、ネガティブな感情はブレーキ、ポジティブな感情はアクセルの役割を果たしていると説明しています。

 気持ちが沈んだり不安な気持ちが強くなったりするのは、何か上手くいっていないと感じた時や危険な事が起こりそうな時に、「スピードを落とせ」と心が知らせようとしている印(しるし)だという指摘です。

 一方、晴れ晴れとした気持ち、楽しい気持ちは、そのまま進むかあるいは加速してもよいと心が判断していると捉えることができる。つまり、人間の心は「ネガティブ感情」と「ポジティブ感情」を上手に使ってペース配分をしているということです。

 人生を送る中で、アクセルばかりを踏んでいればどこに飛んで行ってしまうかわかりません。「間違えたな」と思ったら、時にはブレーキを軽く踏んでスピードを落とし、熟考し反省してみる時間も必要でしょう。

 トランプ氏は2月6日のツイッターで、世論調査で入国禁止の大統領令への反対が過半数となったという報道に対し、「すべてのネガティブな世論調査の結果は虚偽ニュースだ。」とコメントしたと伝えられています。

 こうして、ブレーキを踏まないまま急ハンドルを切りつつあるようにも見える米国のトランプ政権ですが、米国民の皆さんには是非、加熱するトランプラリーに舞い上がるばかりでなく、そろそろ世界に目を向け落ち着きや自制を取り戻してほしいと、改めて感じた次第です。




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