MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯404 消費税の逆進性を考える

2015年09月07日 | ニュース


 9月6日の読売新聞は、財務省が再来年(2017年)の4月に予定されている消費税の10%への引き上げ当たり、生活必需品などの税率を抑える軽減税率制度の導入を見送る方針を示したことを一面トップで取り上げています。

 日本時間の5日未明、麻生副総理兼財務大臣は外遊先のトルコで会見し、「複数税率(軽減税率)を入れることは面倒くさい」(←これは如何にも麻生大臣らし言いっぷりですが)と話し、必需品などに対する増税分に見合う金額を後から給付する形の政府案をまとめる意向を示したということです。

 記事はこうした財務省の方針転換を、自民・公明の与党合意をないがしろするものだとして強く批判しています。新聞購読料に対する消費税の軽減を強く政府に求めてきた大手新聞各社(特に読売新聞社)にとってはまさに「寝耳に水」の話であり、これから先、社を上げて厳しく紙面で追及していくことが予想されます。

 消費税への軽減税率の導入の是非に関しては、政治の世界や識者の間でも大きく意見が割れているところです。また、先行するEU(欧州連合)諸国においても様々な議論があり、導入状況は概ね50%(つまり半々)となっています。

 軽減税率制度導入の論点としては、一定の生活必需品への税率軽減による減収はもとより、例えば、軽減税率の適用範囲を合理的に設定することが難しく、業界を挙げての議論が極めて政治的なものとなりやすいこと。また、複数税率の併用は事業者の事務負担を大幅に増加させることとなり、事務コストの価格への上乗せなどを考慮する必要があることなどが挙げられます。

 さらに加工食品などについては、食材は税率が軽減される一方でその他の部分は標準税率となるなど複雑になり、多くの軽減商品で実売価格への影響が限定的であることなども、そのデメリットとしてしばしば指摘されているところです。

 さて、そもそも、軽減税率の導入が政治的に主張される主な理由に、消費税の持つ「逆進性」の存在が挙げられます。

 所得に対する消費の比率である「平均消費性向」は、(一般的に)所得が低いほど高く、所得が高くなるに従って小さくなっていくという特徴があるとされています。

 低所得者であっても生きていくためには消費をせざるを得ず、所得の大半を占める消費額に対し一定の税率で課税されることになる。一方、高所得者はその所得の一部である消費額にしか課税されず、多額の貯蓄には課税されなくてすむ。このため消費税は逆進的で(低所得者から見て)不公平だという指摘が生まれることになります。

 しかし、社会の現状を踏まえよく考えてみると、現時点では多くの所得を稼いでいる人と、多くの消費ができる人とは必ずしも一致しないことが判ります。また、多額の貯蓄がある人であっても、多額の現金収入があったり多額の消費をしているとは限りません。

 これまでの日本のように平等性が高く高齢者が少ない社会では、その時々の所得水準で逆進性を定義してもそれほど大きな矛盾は生まれなかったかもしれません。しかし、超少子高齢化社会を迎えた現在、例え現在の所得が少なかったとしても資産や貯蓄の水準が高く、従って高いレベルの消費をしている高齢者と、一定の所得があっても老後の生活に向けせっせと貯蓄をしている勤労層の所得に対する消費税負担率を比較し本当の逆進性を計測することなど、なかなか難しいことのように思えてきます。

 少し前の記事になりますが、こうした疑問に対し法政大学教授の小黒一正(おぐろ・いちまさ)氏が、総合経済サイトの「日経ビジネス」に、「消費税に逆進性は存在しない」(2012.6.7)とする論評を掲載しています。

 細かな計算式は割愛しますが、小黒氏はこの論評において、消費税の性格づけに関する議論に混乱を招いているのは、消費税の税負担を「生涯税負担率」ではなく、ある一時点の年収と消費税負担率を見ているからだとしています。

 例えばプロ野球選手のAは20歳代で生涯賃金20億円を稼ぎ、それ以降は毎年10万円の年収があるとする。一方Bは20歳から80歳まで毎年200万円の年収を地道に稼いできた職人だとします。

 年収10万円の野球選手Aの引退後のある一時点における消費税負担率は、恐らく職人Bよりもはるかに重い負担率となるでしょう。しかしだからといって、この時政府がAに対して何らかの「逆進性」対策を講じることは、果たして「公平」な政策と言えるのか…そう小黒氏は疑問を投げかけています。

 一時点における年収ではなく生涯賃金(収入)ベースで増税負担を見れば、逆進性と考えられてきたものは(概ね)消えてしまうというのが、この問題に対する小黒氏のひとつの結論です。

 各個人が生涯に消費する金額は、基本的に生涯賃金に一致する傾向があるとこの論評で氏は指摘しています。生涯賃金が20億円のAさんと生涯賃金が1億2千万円のBさんが両者とも遺産を残さずに寿命を終えるとすれば、その生涯ベースの消費は(消費の内容は違っていたとしても)それぞれ20億円と1.2億円になるはず。

 その際、生涯で直面する消費税率が仮に10%とすると、AさんとBさんが負担する生涯ベースの消費税負担は1億円(=10億円×10%)と0.12億円(=1.2億円×10%)であり、消費税負担額が生涯賃金に占める割合はどちらも10%。すなわち、一時点の年収でなく生涯賃金ベースで見れば、所得の低い人ほど税の負担率が高くなるという消費税の逆進性は解消されるということです。

 さて、実際のところ、小黒氏が仮定するように、生涯賃金の高い人が遺産も残さず全ての収入を実際に消費しきるかどうかについては議論のあるところでしょう。また、親の世代から引き継いだ遺産の存在や、他の税目、特に相続税、所得税の累進性との関係などもあって、消費税の逆進性を一概に否定するのもまた早計かもしれません。

 しかし、多くの人が賃金で暮らすこれまでの日本のような若く均一性の強い社会から、人口の半分近くが資産や年金で暮らす格差の大きな社会へと日本の社会の形が変わりつつあることを考えれば、現時点の所得と消費性向のみの関係から単純に消費税の逆進性を問うたり、軽減税率を主張したりすることにもまた(それなりの)疑問がわいてきます。

 軽減税率(導入)の議論に当たっては、「消費税」という(ある意味)鬱陶しい存在に対してあまり感情的にならず、コストや効果を細かく分析し公平感を丁寧に醸成していく冷静さが必要であることを、小黒氏の指摘から私も改めて認識させられた次第です。




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