経済産業省がガソリンの市場価格の伸びを抑える対策費として、800億円を2021年度補正予算案に計上する方針を固めたと11月24日の主要紙が伝えています。これは、小売価格の全国平均が1リットル170円を超えた場合に制度を発動し、石油元売り会社などに直接補助金を出すというもの。来年3月末までに期間を限定し、軽油、灯油、重油を含む4種の小売価格の値上げ幅を最大5円抑制する効果を目指すということです。
しかし、この補助金の給付に関しては反対する声も大きいようです。曰く、各元売りにお金を出しても、それが本当に価格の低下につながるかはわからない。ガソリンには高額の税金がかかっているのだから減税で対応するのが筋ではないか。そもそも、様々な輸入品の価格が高騰しているのに、なぜガソリンだけに補助金を出すのか…等々、言われてみれば確かに「ごもっとも」と感じる指摘も多いような気がします。
政府が直接企業に数百億という規模の税金を配ることで値上げを踏みとどまらせようというのも、思えば(「業者との癒着」すら疑われかねない)納税者をずいぶんと舐めた所業です。そもそもの問題の原因は、折からの円安基調によって輸入品が総じて高騰しているところにあるのですから、いくら現金を積み上げて一時しのぎを続けても、事態の打開に繋がらないのは自明です。
こうした状況を踏まえ、11月25日の経済情報サイト「DIAMOND ONLINE」では、一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏が『円安放置で「ガソリン補助金」、政府の輸入物価対策の大愚策』と題する(政府には何とも手厳しい)論考を寄稿しています。
政府は、11月19日にとりまとめた経済対策で、ガソリン元売り業者に補助金を出して価格急騰を抑えるとともに、アメリカと歩調を合わせ、国家備蓄石油を一部放出することを表明した。しかし、政府による個別価格の直接コントロールにはさまざまな問題があると、野口氏はこの論考に記しています。
ガソリン価格急騰には(産油国の生産量の据え置きとともに)異常な円安の影響が大きい。すなわち、いま緊急に必要とされるのは、金融政策を変更して円安の進行を食い止めることだというのがこの論考における氏の主張するところです。
実際、上昇しているのはガソリンだけではない。消費者物価に影響が大きいエネルギーの分野を見ても、電気や天然ガスのようにガソリンを上回る価格上昇を見せているものも多いと氏は話しています。今後、転嫁が進めば消費者物価の上昇率はさらに高まる可能性が強い。物価の上昇は需要の抑制に直結することから、このような事態に緊急に対処する必要があることは間違いないということです。
それでは、まずは何から手を付ければよいのか。何よりも先に手を打つべきは為替レートだというのが、この論考における野口氏の認識です。
日本の輸入価格が高騰しているのは、(コロナ後の)需要増による原材料価格の上昇だけによるのではない。為替レートが異常ともいえる水準にまで円安になっていることが大きな原因として挙げられると氏はしています。ドル円レートは、2020年を通じて1ドル=102円程度だったが、21年になってから急激に円安が進んだ。アメリカの金利が上昇しているにもかかわらず日本の金利が低位のまま変化していないことで、9月には110円程度だったものが、10月には114円前半にまで下がっているということです。
このような現在の円レートは、中長期的に見ても異常だと氏は言います。円の購買力を示す実質実効レート(2010年=100)は、2021年9月に70.43にまで落ち込んだ。アベノミクスが始まる前の12年秋には100程度だったことと比べると、円の価値は3割ほども下落しているということです。
この状況自体、仮に資源価格の高騰がなかったとしても放置できない水準であり、そこに資源価格高騰が重なったため輸入物価の激しい値上がりが生じている。したがって、現時点で緊急に必要なことは金利水準の見直しを行なうことだというのが氏の見解です。
為替レートの決定メカニズムは複雑なので、これによってどの程度の円高になるかを予測するのは難しい。しかし金利見直しが適切に行なわれるなら、現在の状況を大きく変えることはできる(はずだ)と氏は見ています。為替レートが変化すれば、輸入物価にはすぐに影響する。そして、資源価格の高騰が日本経済に与える悪影響を最小限にとどめることが、現在の事態に対処する「正統的な」政策であり、最も確実な効果が期待される政策だということです。
(広く報じられているように)すでに多くの国がすでに利上げに踏み切っている。日本も躊躇することなく、同じ行動をとるべきだというのがこの論考で野口氏の主張するところです。
さて、これまでの日本の産業界に、円安を求める強いバイアスがあったのは(おそらく)事実でしょう。しかし、今回の円安は既に企業の利益を圧迫し始めており、「悪い円安」だとの指摘の声も上がっています。そうした中、日本銀行が金利引き上げで円安を是正する政策をとったとしても、それに対する「反対」はこれまでのように強くはないのではないかと私も感じています。
実際、米国FRB議長へのパウエル氏の再任が発表されたことで11月23日に円は1ドル=155円台まで値下がりしており、これ以上の円安は原材料の高騰を招き日本経済のためにならないといった声も数多く聞かれるようになりました。コロナ禍からの経済回復が期待される中、コストの上昇によって企業収益が圧迫されると同時に、ガソリンや灯油のなどの値上がりで家計も圧迫され消費が落ち込むようでは目も当てられません。
であればこそ、政府は「ガソリン補助金」というようなトリッキーな異端の政策ではなく、為替レートに正面から向き合い円安是正という正統的な政策を行なうべきだと考える野口氏の主張を、私も興味深く読んだところです。
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