つれづれなるまま(小浜正子ブログ)

カリフォルニアから東京に戻り、「カリフォルニアへたれ日記」を改称しました。

中国風信①-上海の街角から(『粉体技術』2013年2月号より転載)

2013-12-26 11:58:34 | 日記
今年春から、縁あって日本粉体技術協会の機関誌『粉体技術』に「中国風信」と題するエッセイを、滄媚のペンネーム(これ、亡き恩師にいただいた字-アザナ-なのです)で連載しています。中国理解促進のためのささやかな試みでもあります。同協会から許可をいただいたので、今後、ブログにも転載します。これから今年の終わりまでに、まずはこれまでのものを毎日連続で転載する予定。まずは2013年2月号掲載の第一回です。

* * * * *
 昨年暮れに、会議で上海に出かけた時の様子。街の中心の淮海路はフランス租界だった頃の雰囲気を今に留めるおしゃれな通りで、ロレックスやカルティエなどのブランドショップが並んでいる。目下、景気はあまり良くないようで、通りを歩く人は少ないし、ネオンもひと頃ほど輝いていない。しかし上海人の生活の質は、この間も確実に向上している。目抜き通りの子供用品専門店では、150~350元(約2000~5000円)くらいの子供服が、サイズも豊富に鈴なりにハンガーにぶら下がっていた。かわいいデザインで仕立てもしっかりしていて、日本で使ってもよさそうだ。少し前まではこの値段だと一点モノの高級品だったが、今ではどの子も一着ずつ買いましょう、といわんばかりに大量に売られている。上海市民の購買力がそれだけ上昇したのだ。
会議場は環状道路中山路の外の中心部からやや離れた研究所で、以前は何もなくて不便だった所だ。しかし今回は、近くに新しいコンビニやスタバができて、ずいぶん雰囲気が変わっていた。スターバックスのコーヒーは国際価格なので、中国の物価水準では安くない(庶民価格だと麺の二杯分)。開店した時には、はたして流行るのだろうかと思ったが、繁華街の店はいつも満員だった。今ではこんな場末(失礼!)にまでスタバができて、都会的な空間でコーヒーを飲もうとする人はうんと増えている。上海の経済発展が軌道に乗って、東京に負けない先端的なスポットが出現しだしたのは十年ほど前のこと。今ではそうしたハイクオリティな部分の裾野はどんどん広がって、普通の生活に入り込んできている。
会議後、旧知の上海人のYさんとおしゃべり。コンサルタント会社幹部でバリバリ働く彼女は、こちらで言う「女強人」だ。話はどうしても昨秋の反日デモに及ぶ。
日本では、テレビが「絵になる」過激なデモや暴力行為の場面を何度も流したので、中国中が反日運動に沸きかえっていると思った人もあったかもしれない。実際にはデモなどは各都市の中でもごく限られた時間と場所で起こっただけで、大多数の中国人や在留日本人の生活に関係なかった。
Yさんによると、目下の日中関係についての中国人の態度には、いくつかのタイプがあるという。第一は、暴力行為が発生したのはよくない、中国社会の未成熟を露呈して恥ずかしい、という人。これはインテリに多い。第二は、自分とは関係ない。あれは政治の世界の話で、動員されたデモに不満分子が便乗しただけ、という人。一般庶民の普通の感覚。第三は、魚釣島を国有化した日本政府はけしからん、というちょっと愛国的な人。でもデモにまで行かない。
彼女の話は、私が他から集めた情報と重なる。中国では「政治・外交問題」と「社会で生活する個人」とは別のこと、というのが普通のとらえ方だ。よくもわるくも政治と個人の生活とは距離を置き、個人間の付き合いを大切にする。
そもそも中国では、テレビで反日デモや暴動は報道されていない。しかしこちらでは皆、ネットからそのことを知っている。中国のマスコミは、はなから党と国家の宣伝のツールと位置づけられているので、人々は独自に情報収集して対応することを当然と心得ている。以前はもっぱら口コミが頼りだったが、今では携帯とインターネットのおかげで情報収集は格段に便利になった。
その後の日中間のビジネスは、決定済みのものは進んでいるが、新しい引き合いはさっぱりだ、しかし中国市場はまだまだ拡大するのだから、今こそ打って出るべきなのに、とはYさんの言だ。
帰国時に乗ったタクシーの運転手も言っていた。「なぜ日本人は、そんなに中国を嫌うのか。経済大国の日本と中国が反目していたら、もうひとつの大国のアメリカの思うつぼではないか。日中は協力して経済発展すべきだ、われわれ老百姓[ラオパイシン―ルビ](庶民)は、政治とは関係ない」。
上海人は、もともとあまり政治に熱くならない。そんなことにかまけてビジネスチャンスを逃がしてはいけない、と奇しくも女強人と運転手の意見は一致していた。(滄媚)