beautiful world 5
「先生さよならー!」
「真っ直ぐ家に帰れよー」
今日も部活指導が終わり
生徒達は自転車置き場に向かって行った
今年は団体戦で県3位 ーー
優勝候補だったため3位という結果は不本意だった
エースの主将が大会直前に怪我をし主将抜きの戦いだったが皆よく健闘したとも思っている
体育館に鍵をかけ職員室に戻り
帰り支度をしていると
まだ残っていた男性教諭の鈴木先生が一杯行きませんか?と僕に声をかけてきた
お互い独り身同士
33歳という年齢も僕と近いし体育系の部活動を受け持っていたのもあってたまに帰りに飲むことがある
「次の主将候補に悩んでましてねぇ。」
鈴木先生は陸上部の受け持ちだ
「早いですねぇ。もう今年もそういう時期ですからね。」
「歳取るのも年々早く感じます(笑)」
「全くです(笑)」
今まで鈴木先生との話はもっぱら部活動や生徒の話
「ところで、鈴木先生はご結婚の予定はないんですか?」
こういう私生活の話をしたことは殆どない
全くないですねと笑った
「この仕事で女性との出会いはそうそう無いですもんねぇ(笑)」と答えた時
ふと、田中さんの顔が浮かんだ
そういや昨日知り合ったばかりだったな
「早見先生は?」
「僕も予定は全く…(笑) 女性とどう付き合ってたかもすっかり忘れてしまいましたよ(苦笑)」
「僕も似たようなもんです(苦笑) できれば年上の彼女が欲しいですが…」
鈴木先生は僕とは違って細身の高身長
生徒にも人気がある教師だ
成人女性から見ても魅力のある人だと思うんだが…
「一緒にいて落ち着く方で40代後半とか50代の女性が良いですね。いつも子供達ばかり見てるからでしょうかね(苦笑)」
へぇ…
随分と年上が理想なのか
「それは… 生徒の親世代ですね(笑)」
そうなんですよと残念そうに笑った
鈴木先生と店を出てまた明日と挨拶を交わし家路に向かった
“出会い” “彼女” … か
昨日…
高原で田中さんが手にしていたライカ(カメラ)に釘付けになった
あのアンティークなモデルの現物を見たのは初めてだったからだ
それで思わず声をかけてしまったが
あんな若い女の子によくまぁ声をかけたもんだ(苦笑)
青春を謳歌している生徒達みたいに田中さんの目はキラッキラしていたから本当にカメラが好きなんだなと思った
ーーー
帰宅してスケジュールを確認し
田中さんにメールを送ったら直ぐに返事が返ってきた
まるで僕の連絡を待ってたかのような嬉しそうな返事に
“ああ、あれは社交辞令じゃなかったんだ” と安堵した
それに撮った写真の出来は僕も楽しみだ
たった一度
ほんの半時間ほど一緒にいただけのただのおっさんの僕にえらく親しみを感じてくれたもんだな
これも縁なのかな
ーーー
それから時々 田中さんからメールが来るようになった
僕が高校教師をしていると言うと
体育教師っぽいと返ってきた
僕は一応数学を教えているが
このガタイからきっと体育教師だと思ったのだろう
小学一年から柔道を始めて
大学に入っても柔道を続けていた
大会で優勝したことも何度かあるけれど柔道を仕事にできるほどでもなく
教員免許を取得して教師になり
その柔道経験を生かし柔道部顧問になった
今でも休日には道場に通っている
思い返すと僕の人生はずっと柔道に携わってきたな
そろそろ結婚も考える年齢だけど
結婚がしたいという思いはない
結局 柔道や写真があるから独り身でもそれなりにリア充だし友人もみんな独身者ばかりで焦りもない
でも中には彼女がいる奴もいて
お互い旅行が趣味だからかよく旅行に行っているようだ
同じ趣味って良いよなぁ…
彼女と一緒にいろんな所に行って
綺麗な景色見て一緒に写真撮って
美味いもの食って
一緒に感動して…
昔の彼女を思い出した
あの頃は楽しかったな ーー
バス停でバスを待っているとスマホに受信が鳴った
田中さんからだった
スマホのカメラで撮った
雨上がりの朝の町の風景の画像が添付してあった
“早見さん こんばんは。昨日まで雨が降ってましたが今日は晴れましたね!”
この太陽の光が水滴に反射した煌きが良い感じ
スマホの撮影も上手だと返すと
スマホのカメラ性能が良いだけです(笑)と返ってきた
“早見さんに早く写真見てもらいたいです!”
きっと写真の出来が良かったんだろうな(笑)
“そうですか。僕も見てみたいですね。”
“鎌倉への撮影も待ち遠しいです!それと。気になることがあるんですけど。”
ん?
“何でしょう?”
しばらく返信が来なかった
なんだろう…
帰宅して風呂から出たら返信が来ていた
付き合っている人はいるのかと聞いてきた
何故そんなことが知りたいのか
意図はわからんが“いない”と答えると良かったと返ってきた
良かった?
あ、そうか
彼女がいたら二人で撮影をしに行くのは気が引けるからだろうか
律儀なんだな(笑)
最後に付き合った舞とは5年前に別れた
海外で仕事をすることになったと 舞は言った
遠距離恋愛という選択肢はないと言った
僕は“わかった”とだけ応え
あっけなく僕達の関係は終わった
それが舞の夢だったし
その夢に向かって歩む舞の想いは尊重したかった
“ごめんね。陽太 ”
あの時の舞の表情を
今でも時々思い出す
今も元気で頑張ってるだろうか…
また…
あの時のように
また誰かを愛せたら
今度は一緒に歩んで行きたい ーー
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