beautiful world 23
翌日
中林とは廊下ですれ違っても
中林も僕も何事も無かった素振りをした
多分中林は僕以上に昨夜のことを意識しているに違いない
卒業式間近の気忙しい日々
卒業式が終わると奈生の御両親に会いに行く事になっているし
中林とのあの出来事は完全に忘れていた
ーーそして今日は卒業式
予定通り教職員らはいつもより早く登校している
「早見先生 おはようございます(笑)」
「おはようございます(笑)」
滅多に着ないスーツ
ネクタイを締めているのがとても窮屈で
毎日スーツを着てネクタイ締めてるサラリーマンを尊敬する…
「ふぅ…」
ほんの少しネクタイを緩めジャケットを脱いで椅子の背もたれにかけた
「えこひいきはしていませんでしたけど、特に思い入れのあった生徒が卒業していくのは個人的には内心寂しいものです(苦笑)」
そんな会話が聞こえてきた
ーーー“思い入れ” か
柔道部員の顔が浮かんだ
今年は大会は思った実績は出せなかった
大学に進み そのまま柔道を続ける者
就職する者もいて
今後 彼等がどんな大人になって
どんな夢に向かって生きていくのだろうかーー
楽しみなのと
少しの寂しさで複雑な気持ちになる
毎年 卒業式はそんな気持ちになる
卒業式は予定通りに進み
滞りなく終わった
校門前で卒業生に挨拶をしたり
写真を撮ったり
卒業生も後輩達と別れを惜しんでいる
そろそろ来るな…
柔道部 副主将の喜多が真剣な表情でやってた
「先生。準備、お願いします。」
「ん、わかった。」
僕は職員の着替え室で道着に着替え
ストレッチをし準備運動をして
気合いを入れて武道館に向かった
校庭はさっきまでの喧騒が消え
ひと気のない静かになった廊下を歩き武道館に向かった
あぁ
これが最後だ
武道館に入ると三年生の七人は
柔道着で並んでいた
一、二年生は厳かに正座し見守っている
ーー張り詰めた空気
「真剣勝負っ!!お願いしますっっ!!」
主将の尾上が挨拶をし三年生一同がそれに続き
「お願いしますっっ!!」
大きな声で挨拶と一礼した
そう
これが毎年恒例の柔道部員の卒業式
ーー “柔道家 早見との真剣勝負” ーー
通常の練習で指導はするけれど
生徒と真剣勝負をすることはない
だからこれが生徒との最初で最後の真剣勝負
当然 負ける訳にはいかない ーー
先に一本取った方が勝者
「よしっ!誰からだ。」
ーーー
「三年間、ご指導ありがとうございましたっ!!」
三年生一同が礼をした
柔道の強豪といわれていたがこの三年主将の尾上は怪我の故障で良い成果を残せず卒業していくからか
悔しそうな表情で涙ぐんでいた
大学でも柔道を続ける尾上
こいつはまだまだ上に行ける奴だ
「尾上。お前の柔道はこれからだ。楽しみにしているからな(笑)」
肩を叩いた
「…っ、はいっ!!ご指導!ありがとうございました!!」
涙を零した
ーーー
もう少しで僕も泣く所だったな(苦笑)
スーツに着替え職員室に戻ると
古文の先生から手紙を受け取った
「卒業生からですよ(笑)」
田中…
すっかり忘れていた
そうか
あいつも卒業したんだな…
「ラブレターじゃないんですか?(笑)」
鋭い所を突かれて内心慌てた
「そ、それはないでしょう(苦笑)」
公園で田中にキスされたあの情景を思い出した
「でも確か、早見先生は田中から本命チョコ貰ってましたよね?」
「そう… でしたっけ…?(苦笑)」
田中の話は…
「あ!そう言えば!今年の“柔道部の卒業式(真剣勝負)” どうでした?今年は早見先生を打ち負かした生徒、いました?(笑)」
「いえ、いませんでした(苦笑)」
助け舟を出すかのように
鈴木先生が話題を変えてくれた
鈴木先生!
ありがとうございます!!
「私、まだ早見先生が柔道してる姿は見たことないんですけど、」
近い近い!!(苦笑)
隣の席の西村先生はいつものようにかなり接近してきた
「ウチは強豪校なのに誰も早見先生に勝てないなんて、ほんとにお強いんですねぇ♡ふふっ(笑) 」
あぁっ、、近い近い!!
少し離れながら
「まっ、まぁ、、指導者でもありますし、、まだ現役でやっている以上、、生徒に負けるわけには、、いきませんから、ははっ(苦笑)」
さり気なく離れてもその分近寄って来る
ちょっ、、
膝が当たってますがっ!?
すると
「早見先生、ちょっとこれ確認してもらえます?」
またもや鈴木先生に助けられた
「(すみません…(苦笑))」
「ははは…(苦笑) 今日撮ったこの写真なんですけど、」
柔道の技なら上手く交わせるんだけど
鈴木先生に助けられてほんと情けない
ーーー
帰り道
「いっそのこと“結婚する”って先生方に報告たらどうです?」
「…あはは(苦笑) 来週彼女の御両親に挨拶に行くんですよ。だからそれまでは…」
「真面目ですねぇ(笑) なるほど。じゃあもう直ぐ西村先生フラれるんですね(苦笑)」
「どうして西村先生がフラれるんですか?」
「えっ!?」
「え?」
お互い立ち止まり顔を見合わせた
西村先生は僕に好意(恋愛感情)を寄せていると聞いた
「西村先生むちゃくちゃ分かりやすいじゃないですかぁ〜(苦笑)」
「まぁ…確かにいつも近いなとは思ってましたけど…」
「はははっ!(笑) 早見先生って好きな事や好きな人には一途に一直線!って感じですよね。逆に興味の無い人や物事には全く興味関心が向かないって感じ(笑)」
「あー、あはは(苦笑)ですね(苦笑)」
鈴木先生は人をよく見てる人だ
僕が鈍感なだけ、か(苦笑)
「実は…」
僕は教師に向いてないんじゃないかって思う時があることを打ち明けた
担任クラスの生徒はきちんと見てきたけれど他の生徒まではきちんと把握できない
実際に担任していない奈生の事も全く覚えていなかったーー
奈生に出会うまで
自分のそういう所に問題視した事は無かった
奈生の残念そうなあの笑顔が…
“覚えてないですよね (苦笑)”
僕の中で大きな後悔と反省になっている
「全校生徒を把握するなんて誰もできませんよ。それに各クラスに担任がついていますから。そこまで気負うことないですよ。」
「…本当にこんなんで良いんでしょうか。」
「そこまで深刻に考え込むことはないですよ(笑) 僕も把握なんてできていませんから。」
鈴木先生はそう言ってくれたけれど…
「じゃあ、僕はここで。今日はお疲れさまでした(笑)」
鈴木先生と駅で別れた
自宅に帰り慣れないスーツのジャケットをハンガーに掛け鞄から中林の手紙を取り出した
今日も中林と会う事は無かったな…
中林の手紙
前に貰ったのも敢えて読まなかった
引き出しにしまっておいた中林の手紙と
今日くれた手紙を読んだ
何気なくかけた僕の言葉も
やる気や励ましになっていたのか…
中林の恋心が切々と伝わってくる
“もし次会えた時は生徒じゃなく女として見てください。”
諦めた訳じゃないってことなのか?(苦笑)
“今もこれからも忘れません。”
最後にそう書かれてあった
ファーストキスの相手…だから?
若さ故の無鉄砲さとか 情熱とか
30代半ばの僕にはもう無いけれど
ファーストキスの相手は
今でも忘れてない
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