恋するダイバー もぐりんどのヒトリゴト

海、自然、ダイビング、日常のあれこれをバリ島から発信

海外に住むという事はそういうこと

2022-03-31 | その他
先週、母が永眠いたしました。
2年間の闘病生活の末の旅立ちでした。

長文になります。
私事なので興味のない方は飛ばしてください。

このようにブログに記すのもどうかと思いましたが、
一つの区切りとして、お伝えすることといたします。

お友達、同僚、お客様の中にも心配してくださったり、
容態はどうなの、と気にかけてくださったり、
優しいお言葉をたくさん頂いておりました。

ここであらためてお礼を申し上げます。
皆さま、本当にありがとうございました。

「孝行したい時に親はなし」(ことわざ)

本当にそうだと思います。
なんといってもこの2年間はコロナ禍でしたから、
バリから日本へも自由に行き来できず、
もどかしい思いをして過ごしておりました。

まだ母も元気でコロナも騒がれていなかった2年以上前、
2019年の10月、私は一時帰国で日本にいました。
あのときが最後のチャンスだったのに。

あのとき、もっと優しくしてあげればよかった。
物忘れが多くなって同じことばかり聞く母に、
もー、今日は夕食いらないって、さっきも言った!
冷たい言い方しないで(何度でも)答えればよかった。

どこかへ一緒に行けばよかった。
ヨーカドーに行くけど、オマエも一緒に行く?
ちょっとパチンコ行こう、オマエもやってみる?
母の趣味のパチンコに一回くらい付き合えばよかった。

母のお気に入りの靴がボロボロだったので、
バリに戻る前に同じ靴を買ってプレゼントした。
靴だけじゃなくて、他にも買ってあげればよかった。
美味しいものでも食べに連れて行ってあげればよかった。
もっと話し相手をしてあげればよかった。

今思えば、後悔ばかりです。
あのときは2年も会えないとは思わなかったし、
本当に最後まで心配かけて、最後まで
(いつ日本に帰ってくるんだい?と言われ続け)
帰らなくて、親不孝な娘だったなぁ、と思います。

ただ一つ良かったこと。
去年、年越しが無理かもしれないと分かったとき、
無理をして帰国しておいて良かったと。
意識のしっかりしている母に会えたから。

病院への面会も(コロナのため)予約が難しく、
滞在中たった3回(一回15分)しか許可されなかった。
それでも、一回りも二回りも小さくなった母に寄り添い、
伸びた爪を切ってあげることができました。

年が明けてバリに戻る直前の最後の面会。
じゃーねー!またすぐ戻ってくるからね!
もう会えないとわかっていたけど、
無理やりの笑顔を作っで病室を後にした。

そして母は一月を持ちこたえ、2月も頑張って、
先週3月22日に永眠いたしました。
あと2週間ほどで誕生日だったのになぁ。
桜の美しい季節の旅立ちです。

悲しいことに、お通夜もお葬式も私は参列できず。
ちょうどビザの更新手続きに入ったところで、
パスポートがイミグレに入ってしまいました。
手続き終了までは少なくとも二か月はかかります。
その間はどこへも動けないのです、残念。

海外に住むということは親の死に目に会えない、
そういうこともあり得るということです。
分かっていたことだけどね (T_T)

どうか、天国に行けますように。
その前に、ちょこっとバリにも寄り道しないかな。

は~、マジで、コロナのバカ野郎です(-_-メ)
コメント
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