2016/4/17 3:30 日本経済新聞 電子版
これで公になった。戦争はもはや、戦車や大砲、戦闘機、爆弾、兵士、機械を配備するだけではない。
米国の専門部隊サイバーコマンドは最初の軍事任務を与えられた。過激派組織「イスラム国」(IS)と戦うことだ。
専門部隊サイバーコマンドが拠点を置く米国家安全保障局(メリーランド州)。カーター国防長官は3月、サイバー空間でISへの攻撃を強めると述べた=AP
専門部隊サイバーコマンドが拠点を置く米国家安全保障局(メリーランド州)。カーター国防長官は3月、サイバー空間でISへの攻撃を強めると述べた=AP
長い時間がかかったものだ。カーター米国防長官が(編集注、2月29日の記者会見で、サイバー部隊を使ってISの通信ネットワークに過重な負荷をかけ、ISが部隊の指揮をとれなくするよう)サイバー攻撃を加えていると明らかにしたが、初めはなぜこれほど時間がかかったのかと不思議だった。ISが中東の舞台に突如、出現してから2年間で悪意を拡散し、組織化を図り、新兵を採用するために抜け目なくインターネットを利用する様子はかなり報道されてきた。カーター長官はなぜ今になって部隊に指令を出したのか。
まもなく5000人規模に拡大される米国防総省の新設部隊は、かなり前に攻撃を始めたと思えるが、もしそうなら、ISに対して目立った成果を何ら上げていないことになる。
恐らく、作戦にはこれまで情報収集と監視に大きな重点が置かれていたのかもしれない。もしかしたら増強されたのかもしれない。そしてもしかしたら、目新しいことは何も起きていないのかもしれない――テロリスト対策を強化していることを示せという国内の圧力にオバマ政権がさらされていることを除くと。
本当の動機が何だったにせよ、カーター長官が初めてサイバー攻撃を公表したことで、この分野の専門家は色めき立った。
「歴史的な瞬間だった」。ワシントンのシンクタンク、新アメリカ財団(NAF)のサイバーセキュリティーの専門家、ピーター・シンガー氏は筆者にこう言った。「我々はこの能力を使っているだけでなく、使っていることを認めている」。そして彼いわく、これは「サイバー戦争のノーマライゼーション(正規化)」の一環だという。
恐ろしく聞こえるだろうか。潜在的には、恐ろしいことだ。だが必要でもある。ノーマライゼーションは、サイバー戦争に関する法的、道義的な議論を加速させる助けになるかもしれない。専門家は、今や100カ国以上が軍事目的で一定の能力を開発したと見ている――そして非国家の主体も存在する――が、交戦規則や、戦争と犯罪の間のどこに線を引くかについて統一見解がないのだ。
「ほかの誰かへの応答か否かは関係なく、攻撃行為という意味で西側諸国が実際に何をするか、今よりずっと開かれた議論をする必要がある」。元英空軍高官で現在は英王立防衛安全保障研究所に所属するイワン・ローソン氏はこう話す。「議論は法的、倫理的、道義的なものになる。対話の一部は、その結果に関するものでなければならない」
ローソン氏は、2010年前後にイランの核開発プログラムに仕込まれたマルウエアを引き合いに出す。一般に米国がこの攻撃の背後にいたとみられているが、米政府は一度としてそれを認めていない。
「『スタックスネット』(注:イランのウラン濃縮施設を狙ったウイルス)がある特定の場所の、特定の遠心分離機一式を破壊したと主張することはできる――だが、その一片のマルウエアはネットワーク上に存在した。他者もマルウエアにアクセスし、再操作できることを意味している」とローソン氏は言う。「この状況は、国家安全保障の計画のためのサイバースペース利用をどう考えるか、徹底して話し合う必要があるさまざまな問題を投げかけている」
すでにサイバー上で活動している他国ほど米国は攻撃的ではないと考えられている。昨年4月に公表された国防総省のサイバー戦略は、抑止目的を持った防衛態勢について説明していた。
ほかの国々――特に中国、ロシア、イスラエル、イラン――は活発だが、米国と同様に、それ(サイバー上での活動)を認めていない。サイバー攻撃の事例はさまざまだ。ウクライナでは昨年、同国政府がロシアが仕組んだと非難した送電網に対する攻撃があったし、イスラエルは2007年に、シリアの核施設を空爆する前に同国の防空システムに電波妨害を仕掛けたことが疑われている。
米国は最初の任務に格好の標的を選んだ。ISに対するサイバー攻撃だったら、ロシアも含め誰も反対しない。また特に高度な攻撃にはならないだろう。恐らくは、ネットワークの電波妨害や、テロ集団の通信を妨げるものになる。ISはソーシャルメディアを使うことにたけているかもしれないが、国家主体のような能力は持たず、サイバー組織の支援を得ているわけでもない。
米国の動きには、もっと大きな目的がある。抑止だ。ISへの攻撃を公に宣言することで、国防総省は行動する意欲があるというメッセージを送っていると専門家は話す。中国とロシアはこれを意識するだろう。このメッセージが、サイバー戦争を裏世界から引っ張り出す最初の一歩でもあることは意義深い。
(2016年4月14日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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