(監督・共同脚本:セドリック・クラピッシュ 2022 フランス=ベルギー 原題 "En corps" )
「とても美しいダンス映画」… ひとことで言うと、わたしにとってはそういう記憶が残った作品だった。
映画の冒頭、「ラ・バヤデール」(最近読んだバレエ漫画「テレプシコーラ」で覚えた名前~(^^;)のステージで踊る主人公を観ることができる。クラシック・バレエの名作で、白い衣装も端正な振り付けも、文句なく美しい。
しかし、主人公はその舞台で転んで足首を痛め、バレエを諦めることを考え始める。最終的にどの程度まで治るかはわからないにしても、これまでのようには踊れなくなる可能性が高いだろうと。
映画のメインストーリーは、エトワール目前で道を立たれた主人公が、その後どう人生を立て直していくか… というもので、その間コンテンポラリーのダンス・カンパニー(実在するモノ・人が実名で登場する)の練習風景や新作ができる過程、はたまた路上でのブレイクダンスまで見せてくれる。
そして、それらがみんな凄い!!
久しぶりで目にする様々なダンスに、わたしは見惚れた。
この映画の面白いところは、たとえばオープニングやエンディング・ロールの背景に白いチュチュ姿のバレリーナを使いながら、音楽はわざとこするような雑音を混ぜた現代音楽を使い、バレエではあり得ないような所作を見せたりすること。作り手がいかにバレエを愛しているかが、逆に伝わってくる。
主人公を演じているのが、現在オペラ座で「エトワールのすぐ下」クラスの人で、なんでもないストレッチの動作などが、とても美しいのも、物語のリアルさを増している。
こういう人たちは、どう動いても、何をしても、その動きが美しいのだとしみじみ思った。それは、その後コンテンポラリーの活動に彼女が参加してからも、変わらない。
この映画で強く思ったことを書いておきたい。
足首の故障のために、踊ることを諦めかけている主人公に、コンテンポラリー・カンパニーの主宰者が、海岸を歩きながら語りかける。
「どんなに有名なクラシックカーでも、使わずにそっと保存するだけでは、いつか錆びて動かせなくなる」 いい例えだろ?と笑ってみせた彼は続けて
「君の身体は踊りたがってる。考え方を少し変えて(これまでの『完璧』を目指すんじゃなくて)もっと弱点やゆるみのある自分を見せても、僕はそれを美しいと感じるんだよ。君は踊るべきだ(諦めてしまってはいけない)」
主人公は彼の言葉を受け入れ、そのカンパニーの練習、やがては公演にも参加するようになるのだけれど…
わたしは「ダンサー(という種族?)の身体は踊りたがっている」 それは「生きたがっている」とほとんど同義なのだろうと思った。
そしてふと、「人間は身体で生きている」「身体は基本、生きようとする」そして「身体は自分から不幸になろうとはしない」
だから「身体の言うこと、思う(らしい)ことを、もう少し信用してやってもいいんだよ」
そんな風に言われている気がしてきた。実際、今思い返してもそれくらい「人が幸せそう」なシーンも多い映画だったのだ。
原題は「身体の中で」とか「身体」そのものを指す言葉と知って、自分がボンヤリ思ったことが、それほど見当違いでもなかったようで、ちょっと嬉しかった。
(それにしても主人公の舞台での転倒シーンが、あまりにキツイ転び方でギョッとした。山岸涼子の「テレプシコーラ」には、転倒が原因でバレエの道を断たれ、追い詰められて死を選ぶ少女も描かれていたので… この映画の現(元)ダンサーたちの明るさ、前向きさは、リアルでもあり、嬉しかったデス(^^))
あのマンガで一番気になる人でした。
どうしてるだろうね…
この映画の方は、もっと健康的・健全で
とにかく主人公の技術(体の鍛え方)の高さに
見惚れた2時間だったかも(舞台以外も)
>動かないことによる弊害の大きさ
それは日々感じてます。
困ったモンですが、ちょっとでも頑張らなくちゃって(^^;
山岸センセイの漫画は読んだけど、この映画は未見です。
>「人間は身体で生きている」「身体は基本、生きようとする」そして「身体は自分から不幸になろうとはしない」
まっこと、そのとおりですね。
それと「動く→空腹→食べる→排泄」も大事で動かないことによる弊害の大きさに気づいたアラカン(アラウンド還暦)です。