・昭和44年3月29日(土)晴れ(荒野の道を突っ走る)
この辺り(テナント・クリーク)まで来ると、朝晩は涼しかった。星空の下で寝る(野宿する)には、既に適さない気候になって来た。ここはスリー・ウェイズと言って、レストランとホテル兼用の店とガソリン・スタンド、その住民の住宅2~3軒があるだけの所であった。
朝食は『The Way Thou House』と言うレストランの外で知り会った奥さん(昨夜、このホテルに夫婦で宿泊していた)に、コーヒーとパンを御馳走になった。今、私にとって1セントでも大事なので、御馳走になれるのは本当に有り難かった。ついでにお昼用にサンドウィッチを注文したが、これは自分で払った。
奥さんにお礼を言ってレストランを出た。すぐ近くの交差点のクロンカリー方面の道でヒッチを始めた。直ぐに先程奢ってくれた奥さんの車が停まってくれた。ラッキーと言う感じであった。この御夫婦は新婚旅行をしているとの事であった。私の様な無粋な者が新婚旅行の邪魔をして申し訳ないと言う気持であった。
スリー・ウェイズの交差路から景色は違って来て、Mount Isa(マウント・アイザ)までは、大草原と土漠の連続であった。とてつもなく広大な景色であった。車は左側通行で、ただ突っ走るだけであった。昨日から気が付いているのであるが、この辺りを走っている殆どの車の前面に網が取り付けてあるのを見掛けていた。
「旦那さん、向こうから来る車の前面に網が取り付けてあるが、あれは何なのですか。」と私は聞いてみた。
「あれはカンガルーと衝突した時に車を傷めない為、そしてカンガルーにもダメージを与えない為の物なのです。要するに、〝カンガルー除け〟(カンガルーは夜行性で、光に向かって突進して来る習性があるらしい)の為に、車の前面に網を取り付けているのです。」と旦那さん。成る程、カンガルーと車の関係か。車に網が取り付けてあるのも『カンガルーの国』の特徴の一つなのかと感心した。
新婚夫婦の車でクィーンズランド州のMount Isa(マウント・アイザ)まで、約414マイル(約662km)の距離を乗せて貰った。
私はもう1つ先の町クロンカリーまで行こうと思い、町の中で1時間以上ヒッチしたが、全く車が走ってないので駄目であった。間もなくしてから、若者(ニュージランド人)が近寄って来た。2言、3言の後、「私の家に遊びに来ないか。」と誘ってくれたので、彼に付いて行った。
「この町は働き口がかなりある。鉱山の仕事でグッド・ジョブだが、経験がないと駄目だ。」と彼。滞在許可期間1箇月の私にとって、ここは余りにも不便で、生活する様な所でなかった。彼は先程ヒッチしていた場所から近いガソリン・スタンドで働いている、と言っていた。
「今夜、君の所に泊めてくれ。」と頼んだ。
「今日は都合があって駄目だが、明日ならOKだ。」と彼。
明日の朝はこの町を去るので、残念であった。少しの間、彼の家に居たが、お暇する事にした。別れ際に彼は私の為にパンや飲み物を持たせてくれた。親切な彼の所で一泊したかったが、残念であった。
さて、今夜は何処に泊まろうか。町の中をキョロキョロしながら、適当な場所を探した。すると彼が先程言っていた勤め先のガソリン・スタンドにやって来た。それではここの軒下を借りて寝よう、と暗くなるのを待ってから寝て見た。しかしガソリン・スタンドのコンクリートの上に直に寝るのは、どうも寝心地が良くなかった。他に適当な場所はないか、暗がりの中を探した。ガソリン・スタンドから少し離れた所に空き地があった。そこに何台か廃棄された様な乗用車があったので、その内の鍵が掛かっていない車の中で寝る事にした。
私の今回のオーストラリアの旅が始まって以来、星空を見ながら寝るのは今日これで5回目となった。長い人生に於いて又、若い時にこの様な体験は、良き思い出になるであろう。ホテルに泊まれない惨めさは、確かにあった。その反面、気ままな、そして少し楽しい様な気分でもあった。
このマウント・アイザは銅の産出量で世界一、鉱山の町で有名らしい。そして世界最大の行政市で相当広いそうだ。
今日のヒッチ距離は414マイル(662km)だ。1,930-414=後1,515マイル(2,426km)で、大陸横断達成率40%。 がんばれ!