7月に黎平県の黄崗村を訪れた際、家庭で食べる牛癟を初めて食べました。食堂等では牛癟を何度か食べたことがあるのですが、一般の家庭で、ごく普通に料理された牛癟は今まで食べた事がありませんでした。
今回黄崗村を訪れたときは、ちょうど祭りだったので、知合いの家で牛癟を食べる機会がありました。祭りなので牛や豚が何頭も屠られ、祭りの日のご馳走として紅肉や牛癟等に調理され、食卓に上り村人にとっては最大のご馳走の一品のようです。祭りは三日間続くのですが、その間は毎日の様に食卓に並びました。
食卓に並んだ牛癟
祭りの日に屠られた牛は、各家庭毎に同じ位の量の牛肉がそれぞれ分配されるようですが、中身も同じになる様に、それぞれ牛のモツや脂身、ヒレなどの部位が均等になるよう分けられます。豚が屠られた場合も、同じでそれぞれ脂身、ヒレ、内臓などの部位が均等になるように分けられていました。市場等で見られる様な、肉の部分だけとか、脂身だけとかというような売り方はしないようです。
家庭ごとに分けられた牛肉と牛癟。大きな盥に見えるのが牛癟
知合いの家の台所にあった牛癟と出来上がったお強。
お強は、木製の丸いたらいのような桶で蒸して作る様です。一度に、何食分も炊き上げるそうで、毎食毎にお強を作るのではありません。トン族や苗族の村では、お強は日持ちがいいのでよく食べられる理由の一つあげられます。また、お強は腹持ちが良い、オカズも要らない等の理由で食べられる様です。また、お強は、普通のご飯より、力が出るので、きつい労働や農作業をする場合等はお強を食べるとの事です。
今回訪れたトン族の村黄崗村は今でも、毎日お強が食べられていると云われている珍しい村です。貴州省の多くのトン族や苗族の村では、以前はお強が常食されていた様ですが、1970代頃から、収穫量が少ない糯米から、うるち米への転作が行われ、多くの村では毎食糯米をたべると云う習慣は廃れた様です。がこの黄崗村は今でも毎食お強を食べるトン族の村として知られています。
牛癟に関しては、宋代に書かれた「溪蠻叢笑」(朱鋪著)という本にも、『牛羊膓脏畧摆洗,羮以飨客,臭不可近。食之既,则大喜。』と記載されているそうです。