ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

TIME is LIFE~トキメキの時~(4/14)

2020-05-18 14:35:00 | メディア
前回と同様に、オープニングタイトルの最後に
階段を降りて来られる甲斐さんが映り、対談の続きがスタート

テリーさんが「カリスマになったじゃないですか?いきなり…」と振られ
甲斐さんが「まっ、でも、イヤ、でも、あのー…
『裏切りの街角』は、1年間通じて70万以上くらい売れたんですけど…」と話し始められたトコで
「裏切りの街角」が流れ、画面下には「甲斐よしひろ」さんのプロフ表示

「まだバンドが出来立てだったんで
とにかく『どんな場所でもいいから、あの…ライブの演奏できる所』
…って言って、どこでもやってましたね
そういう、バンドが上手くなるまでの時間稼ぎとしても
あの…シングルヒットが欲しかったんですよね
まあ、そこから2年…2~3年経って『HERO』だったんで…」

…とおっしゃったトコで、BGMが「HERO」に変わり
「名曲『HERO』が誕生する時」と、この日のテーマタイトルがデーン!
「180万(枚)くらいですか?
あれは、どういう思いの中で、ああいう作品が出来たんですか?」
…とテリーさんがお訊ねになったトコで

「HERO~ヒーローになる時、それは今
1978年12月に発売された11枚目のシングル
服部時計店(現・セイコーホールディングス)のCMソングに起用され
バンドメンバーが登場するCMが、1979年1月1日の0時ちょうどに民放各局から一斉に放送
同年2月にはバンド初のシングル盤チャート1位を獲得」とのクレジット

この前代未聞のビッグプロジェクトから40年が過ぎ
昨年は、再び甲斐バンドとSEIKO、そして山縣亮太選手のコラボCMがWEBで流され
今年は、地上波でもオンエアされるとか、第2弾が登場するといった話もあったのに
東京オリンピック延期と共に立ち消えとなり…(汗)
まあ、その代わりに、この番組へご出演となったのかも知れませんが…?

それはさておき…「結構、あの…男の弱い所の歌詞が幾つかあって
僕、そういうナンかこう…『男は泣いちゃいけないんだ』っていうような
従来の昭和の価値観みたいなものは、もう絶対崩そうと思ってたんで…」と甲斐さん

「だって、結局、ジェームズ・ディーンだって泣いてるじゃん?
『ジャイアンツ』で…っていうことで…『エデンの東』とかで泣いてるじゃん?
僕、ああいうことの…ナンか、部分の男っぷりっていうんですか?男の色気っていうか
『イヤ、泣いていいんだ、男は…』っていうのを
一番最初に書いたのは『HERO』なんですよ

だから、その男の脆さとか弱さとかっていうことを
ナンか、色気だと受け取って欲しいなっていう思いが、ずっとあったんで
かなり脆い男の歌詞とか、結構いっぱい書いてる…あの…『安奈』もそうなんですけど」
…と話されてますが、かつて「サンスト」の中でも

「喜怒哀楽…これがないと人間じゃないべ
今、これをなくすような教育をね、大人たちが子供にしてるのは問題だよね
やっぱり人間、勉強もせにゃいかん
だけど、それと同じくらい人間的な部分も大切にして行く
…っていうようにやってかないとさ、アカンよね

そう、みんな1度泣いてみるべきだね
俺だって、1年に1回は真面目に泣くよ
ワァーッて泣くんだよ、男だって…これは大事なことだもんな」とおっしゃっているし
「MIDNIGHT」みたいに、直接「泣いてる」と書かれていなくても
「男が泣く姿」が目に浮かぶような曲は沢山ありますよね?

ともあれ…テリーさんが「これからも、そういう弱さみたいなものを…?」とお訊ねになると
甲斐さんは「そうですね、美意識って絶対その時代によって変わって行くじゃないですか
だから、その時代の匂いっていうか、時代の美意識みたいなことを
どれだけやっぱり敏感に嗅ぎ取ってやって行くか?
…っていうのが表現だと思うんで…」とお答えになり

「『銀幕の中 痩せっぽちの俺たちが見えるだろう』 っていう1行が浮かんだんで
そこで、パーッと広げて行ったっていう…」
…と「これを歌いたいがために、膨大な作業をしてるみたいなトコがあって
ま、アホだね、ホント、こんなことやってる人は…(笑)」話に触れられてましたが

「『HERO』っていうタイトルはもう書きたかったんですよね」との言葉については
CMクリエイターの方に提示された、何通りかのコピー仮案の中から
甲斐さんが「これなら、やります」と
「HERO~ヒーローになる時、それは今」をお選びになり

その時に「作りたい世界がある」とおっしゃったということからも
以前より温めていらしたことが窺えますし
それは、やはり「無敵のヒーロー」とか「正義の味方」といったものではなく
誰もがなれる「街角のヒーロー」のイメージだったんじゃないかと…?

まあ、これは、甲斐さんの「書きたかったんですよね」という言葉を受けて
テリーさんが「どういうイメージだったんですか?」と質問なさったのを
甲斐さんがスルーされたので(笑)勝手にお答えしてみただけなんだけど…(笑)

その甲斐さんは「で…『HERO』が、ワーッと売れて、1位になって
で、ま、ガンガン売れてる時に、もう『漂泊者』っていう曲が頭にあったんで
『気づいてくれるなよ!』って思ってましたよね」と続けられ
テリーさんが「もう『HERO』はもうそっちのっていうか…次の価値観…?」と質問なさってましたが

「ひとりのシンガーがさ、10年、15年…歌ってたとしたら
当人自身が『来た来た』っていう『歌を歌う自分』を感じられる時は、たぶん1回か2回だね
ものすごく、てめえ自身がシビアにならざるを得ない時っていうか
てめえ自身が最高のボルテージなんだっていう感じで作った歌」である「漂泊者」は

「テーゼの次はアンチテーゼ」という「振り幅の広さ」こそ
「表現力の強さ」だとおっしゃっている甲斐さんらしいというか
幅広い世代に認知された「最大公約数」の次は
「土佐の一本釣り」で勝負したいと思われたんでしょうし

あるインタビュー記事では「『HERO』を書いた時に
次は絶対に『漂泊者』しかないと思ったもん
いつ出来るかは自分にも判らなかったから
その間に誰かに気づかれたらヤだなと思ってたし
取材を受けてても、そのことだけは口に出さないように
ものすごく気をつけてた(笑)」…と明かされてました(笑)

ただ、実際にこの曲が出来上がったのが
「もう決定的になった」という結婚生活破綻の時期だったことを思うと
「漂泊者」の歌詞がより一層壮絶で切ないですね(汗)

で…テリーさんから「次の価値観を?」と訊かれて「そうそうそう!これからのね
気づいてくれなかったんで『やった!』と思って…(笑)」と甲斐さん
「プロデューサー的な感覚もあるってことね」との言葉に
「そうですね、やっぱ…やっぱ、演歌オタクっぽい考え方…
プロデュースマインド持ってるんで…」と返されたトコで

「横浜赤レンガ倉庫」での甲斐バンド野外ライブの告知が表示されたものの
ビルボードツアーのクレジットはなく…って
まあ、全公演の延期が発表されたのは、翌週(4/21)の放送日だったけど
もうこの時点で、ほぼ決定していたのかなあと…?

「あんまり時代とこう…寝たくないじゃないですか?ね?
どっちかって言うとこう…どっちかって言うと
自分でこう…斬って行くっていう方がいいんで
新しいメッセージみたいなことをね
出来れば、やっぱ打ち出して行きたいんで…そういう感じ…」で第2回終了

ただ、甲斐さんのセルフプロデュース力が高くていらっしゃるのは、よく承知してるんだけど
「演歌オタクっぽい考え方」って、どういう意味なんでしょう?(笑)
コメント
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