一寸の光陰軽んずべからず。
と思いながら、この連休をほとんど無為に過ごしてしまいました。
でも、ものは云いよう、休養して充電したと思えば、いいでしょう。
たしか、少年老い易く学なり難し、のあとに続く言葉でした。
でも、わずかな時間を惜しんでガリガリと勉強なり仕事をしてもねえ・・・・。
と思っていたら、時はあっという間に過ぎ、ただの爺さんになってしまいました。
それでも後悔や反省の気持ちはほとんどなく、これがわたしの人生。
後悔しない、反省しない、努力しない・・・・これみんな天賦の才能?だから仕方ありません。
努力すれば出来る、ようなことは、どのみちたいしたことではありません。
天賦の能力というのは、先天的なもので、文字通り天から授かったものです。
頭がいい、顔がきれい、声がいい、背が高い・・・・。
みんな天から授かったものですから、自分のものではありません。みんなのものです。
金儲けの才能もそうです。儲けた金は自分のものではありません。
自分で独占しないで、みんなのために使いましょう。
それが金儲けの才能に恵まれた人の、唯一正しい行動です。
金持ち、貧乏人、美女、不美女・・・・。
世の中には、天が才能を与えすぎた人、与え損なった人、いろいろな人がいます。
それを不公平と嘆いてはいけません。
恵まれた人は、恵まれない人へ与えてね、というのが天の思し召しなのです。
その心を察せずに、独占しようとする根性がいけません。
人が助け合うということは、能力に恵まれた人が能力に恵まれない人を助けることです。
それが、公共のため、ということの本来の意味でもあります。
どうぞ、恵まれないひとに愛の手を!