人形と動物の文学論

人形表象による内面表現を切り口に、新しい文学論の構築を目指す。研究と日常、わんことの生活、そしてブックレビュー。

『風立ちぬ』雑感

2013-08-25 03:46:28 | その他レヴュー
 『風立ちぬ』見てきました。

 まとまったレヴューは後から書くつもりですが、まとまらないことでもたくさん書きたいことがあるので、いくつか感想めいたことを。

 思っていたのとは結構違いましたね。
 煙草、確かに要所要所では出てくるんですが、そこまで多くない。煙や炎、あるいは寒いなか吐く息の白さなどと関わって表象の網の目を形づくっているとは思うのですが、メインは風に飛ばされた帽子(→パラソル→紙飛行機)をつかまえる動き、だと思いました。それが最後に飛行機になって飛んでゆく。これについては後からまとめるつもりなのでこれ以上は書きません。

 関東大震災の描き方がすごかった! 炎の描写もしっかりあって、東大燃えてるし、本を救い出すシーンなんかもあって、かなり萌えます。関東大震災はこの物語のなかで特権的な位置を与えられているんだろうと思います。これもたぶん、後からまとめるレヴューで触れる。

 確かに泣けました。クライマックスを作って盛り上がって泣く、というのではなく、ぜんぶの部分で穏やかに、ゆるやかに泣ける感じで。そういうリズムを作り出しているんだろうな、と。
 主人公が、(構造的に)絶対手に入らないものを求めているというのも、泣ける感じを作り出す要因かもしれません。美しい飛行機を作りたい…って言うけれど、飛行機だから飛ばなきゃいけないわけで、でも、飛んでいってしまったら手に入らないんですよ。落ちる飛行機じゃないと手に入らない。でも、飛ばなきゃいけない。

 たぶん、煙草の場面で批判されてるのは、ヒロイン菜穂子が高原病院から一時的に抜け出して、主人公と結婚し、いっしょに暮らす日々のなか。夜遅くに、主人公は菜穂子の片手に触れながら持ち帰った仕事をする。で、ちょっと離していい?タバコ吸いたい、って言うんですね。それに対して、菜穂子はダメ、ここで吸って、って言う。そして主人公が煙草吸う。この場面だと思うのだけれど。
 ここ、機能的にはベッドシーンだと思うのですよ。描けないですからね。この場面の菜穂子、すごく色っぽい。
 主人公との関係においては、一貫して菜穂子のほうから誘ってるんですよね。単に病弱なんじゃなくて、すごく積極的な人として描かれてる。それは主人公が飛行機以外のことに対して薄らぼんやりした人である、ということもあると思うのですが、菜穂子ってもう、最初の出会いから主人公の気をひこうと必死。汽車のデッキから身を乗り出したりして。
 だからこの部分(束の間の結婚生活)の菜穂子は、待ち望んでいたものをやっと手に入れた喜びに満ち溢れている。夢のなかにいるみたい、という科白もありましたが、これは菜穂子の夢なんですよね。だからこの後主人公の飛行機が飛ぶのも必然だし、菜穂子が死んでしまうのも、構造的に必然。
 菜穂子が主人公にとって都合のいい女だ、みたいなこと言う人もいますが、都合のいい女なんていくらでもいるわけなんですよ。同期の本庄が洋行前に結婚するんで、仕事に専念するために所帯を持つ、変な話だ、という科白がありましたが。二郎はめちゃくちゃエリートなんで、いくらでも都合のいい女と結婚できるわけです。その辺、いまのモテない男の尺度で測ったら、絶対おかしい。

 妹のかよも良かったです。彼女はもうずっと、お兄ちゃんの気をひこうと必死なんですが、一貫して失敗する。一貫してお兄ちゃんに約束をすっぽかされ、待たされる。子供時代の描写で、頬をすりむいたお兄ちゃんを手当しようとする場面がありましたが、あれはお医者さんになることの伏線なのね。で、お兄ちゃんでダメだったから、(束の間の夫婦生活を営んでいるお兄ちゃんのところに)「休暇をとって医者として来ます、菜穂子さんを治療します」っていうんですけど、可哀想に、かよさんが来るタイミングで、菜穂子も高原病院に帰っちゃうんですよね。菜穂子を治療しながら、他愛もないお喋りをして、いっしょにお兄ちゃんを待つ、甘い生活を夢見ていただろうに…、可哀想に。絶対にほしいものを手に入れられない妹。

 菜穂子との最初の出会いの場面でいっしょに出てきたお絹の形象も気になりました。汽車のなかで地震にあって、逃げようとしたときにお絹は足を骨折する。だから主人公は計算尺を添え木にしてお絹の足を縛って、彼女を背負って逃げますが、途中でおろし、家の者を呼んでくる、という菜穂子を送る。で、その後菜穂子の家の使用人といっしょにお絹のもとに戻ります。
 二年後(だったっけ?)にその計算尺が手紙とともに主人公のもとに届きますが、そのままお絹は去ってしまう。
 むしろお絹のほうが主人公にとって初恋な感じでしたよね。
 お絹は菜穂子のことを「お嬢様」と呼んでいるので、最初、侍女かなと思ったんですが、どうもただの使用人ではない。他の使用人からも大事にされている感じだし、菜穂子から見た心理的な距離も近い。お絹を迎えに行った使用人が、「いい青年じゃないか、お絹さん」と言っていることから、どうも彼女の結婚が、このお家にとってわりと大事な問題であることが分かる。再会した場面で菜穂子が言う、「あなたの居場所がわかったのは、(お絹が)結婚する三日前だったの」からすると、どうもこのお家からお嫁に出している感じがします。
 たぶん、親を亡くしたなどの事情で、このお家に引き取られている親戚の子供か何か、なんでしょうね。養女と使用人との中間くらいのポジション。帝大出のエリートと結婚しても不釣り合いじゃないけれど、見合いで結婚するには条件を下げないといけないような事情のある、だから彼女が自分の持っているもの(美人である、とか)を生かして、できるだけ条件を下げないで結婚することが期待されている存在なんだと思います。そう考えると、使用人たちが慌ててお絹を迎えに行く理由も分かります。震災後の混乱のなかに、適齢期の娘をほっとくわけにいかないので。
 菜穂子の母親が結核で亡くなったのが再会の二年前だとすると、お絹が結婚する前くらいで発症していたのかもしれません。だから、「私とお絹さんの白馬の王子様」(菜穂子)を悠長に探している余裕なんかなくなって、片付くものはできるだけ早くに片づけなくちゃいけなくなった→で、結婚なのかな、と。
 お絹は結局別の人と結婚して子ども三人も生んでいるようですが、夢を見ることができない、現実を選ばざるをえない存在として描かれてるのかな、と思います。
 


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