スタンフォードで学ぶ、修羅場の人間関係
”俳優塾”さながらのロールプレイ演習
佐藤 智恵 : 2012年12月14日

写真はスタンフォード
「”超一流MBA校”で戦う日本人」。
第2回目にご登場いただくのは、
スタンフォード大学ビジネススクールに留学中の石倉大樹さん(30)。
石倉さんは、大学在学時から、
九州大学発のバイオベンチャー企業、
アキュメンバイオファーマ(福岡市、鍵本忠尚社長)の創業にかかわり、
大学卒業後も同社の国際戦略担当として、日米で活躍。
米フィラデルフィアに駐在していた際、
起業家に対する恵まれた環境を目の当たりにし、
「起 業するなら次は絶対アメリカで!」と
思ったのがMBA留学を志すきっかけとなった。
その後、同社を退職し、
エムスリー株式会社へ転職。
仕事は順調だった が、
アメリカで起業する夢をかなえるため、
会社を退職し、私費で留学することを決めた。
スタンフォードは、
「起業家」を輩出する大学として有名だが、
ビジネススクールの卒業生も、
およそ16%が、起業家の道を進むという。
1年目を終了した夏に起業して、
2年目の途中から、卒業後、
会社をどうするか、考え始めるのだそうだ。
石倉さんも、2012年夏のインターンシップは、
シリコンバレーの製薬会社系ベンチャーキャピタルで働いたが、
その後、スタンフォードの同級生と、
医療系のベンチャー企業を起業。
卒業後は、アメリカに残って起業した会社を続けるか、
スタート アップ企業に就職するか、
あるいは、日本に帰国するか、
3つの選択肢を検討中だ。
「スタンフォードで、
人のマネジメントやリーダーシップスキルを日々学んでいる」
という石倉さん。
MBA留学は、石倉さんの人生をどう変えたのか。
世界に変革をもたらす人材を生み出すスタンフォードの授業とは?徹底リポートする。
起業の“修羅場”を予行演習する授業
スタンフォード大学ビジネススクールのカリキュラムは、
ソフトスキル(コミュニケーションスキル)に重点が置かれていることが特徴だ。
「会社を起業したとき、最も大切なのが人のマネジメントだ」
というスタンフォードの姿勢を表している。
ビジネススクールに入学して最初の3カ月は、
「ファイナンス」「マーケティング」「会計」などの実務に加え、
「リーダーシップ」「倫理」「組織行動」など、
リーダーとしての人格を形成するのに役立つソフトスキルを、
実践的な演習を取り入れながら、徹底的に学ぶ。
石倉大樹さん(30)が、2011年9月にスタンフォードに入学したとき、
まず驚いたのも、俳優塾さながらのロールプレイ演習の多さだった。
スタンフォードの1年目の授業として最も有名な
「Leadership Lab」(リーダーシップ演習)は、
石倉さんの価値観を大きく変えたという。
「僕が、バイオベンチャー企業でアメリカに駐在していたとき、
人のマネジメントでとても苦労しました。
『なぜあのときうまくいかなかったか』。
その理由を教えてくれた授業でした」

”俳優塾”のさながらのロールプレイ演習。
上の写真はLeadership Lab の期末試験(Executive Challenge)の模様
授業では、6人ずつに分けられたチームごとに、
2年生が1人つき、1年生の演習の相手役となる。
特徴的なのは、この演習に担当教授はいないこと。
急成長している組織の中で経験する「修羅場」をどのように乗り切るか、
ロールプレイ演習で学んでいく。
授業のハイライトは期末試験だ。
授業の日の朝、演習の題目が渡され、
配役が決められる。
そして、その相手役は、スタンフォードの卒業生だ。
この日のために、150人を超える卒業生が、
相手役、兼、試験の評価役として、全米から集まってくる。
Fortune500社のCEO/役員、
コンサルティング会社の役員、
ベンチャーキャピタルの役員、
起業家などが一堂に会し、学生と真剣勝負をする。
石倉さんが参加したときの設定は、次のようなものだった。
ベンチャーキャピタルの投資家が、
投資先の会社が不振で、創業者兼CEOを辞めさせた。
投資家は、新たなCEOをこの会社に送り込むことになった。
今日は、創業者を慕ってこの会社に入社したという経営陣と、
初めて顔を会わせる日。
あなたが、新 CEOだったら、
どのように経営陣の信頼を勝ち取るか?
学生はCEO役。
百戦錬磨の卒業生は、創業者派の役員役を演じる。
台本はなく、即興で、
この設定に沿って、役柄を演じなくてはならない。
「役員会は、創業者が突然更迭されたことへの不満や新CEOに対する猜疑心で、
緊張感に包まれていて、演習とはいえ、真剣そのものでした。
卒業生は、実際に起業の現場を経験した人も多いですし、
ほとんどが、現役のボードメンバーですから、
経験に基づいて、リアルに再現してくれます。
僕たちへのフィードバックも
『あの一言で君への信頼感がぐっと増した』とか、
『説得する人の順番が違う』とか、とにかく具体的でしたね」
中にはロールプレイの最中に、
辛辣な卒業生の態度に、泣いてしまうアメリカ人学生もいたという。
「欧米、特にアメリカでは、
難しい局面に立たされたとき、
人とのコミュニケーションに最も気を使わなくてはいけないんだなと気づきました。
僕は会社の起業直後というのは、
会社の製品・サービスに情熱を注ぐべきだと思っていましたが、
組織のリーダーは、組織のマネジメントを最優先に考えるべきで、
そうすることで、初めて、
働く人たちが製品やサービスの向上に集中できるのだと実感しました」
スタンフォードを卒業した暁には、
このリーダーシップスキルを糧に、
アメリカでの起業を成功させたい、と強く思ったそうだ。
メンターは、学生の「投資価値」も見ている
石倉さんが、スタンフォードに在学中、
最も「刺激を受けた」出会いは、
スタンフォード大学ビジネススクールの卒業生、
レオン・チェンさんとの出会いだ。
スタンフォードには、在学生のために
「メンター制度」が設けられている。
学生が「こういう卒業生に会ってみたい」と希望するプロファイルを登録しておくと、
学校が最も適した相談相手を割り当ててくれるシステムだ。
メンターは、学生のために、学業での悩みや卒業後の進路など、
親身になって相談に乗ってくれる。
石倉さんのメンターとなったレオン・チェンさんは、
09年にスタンフォード大学ビジネススクールを卒業。
中国系アメリカ人だ。
KAI Pharmaceuticalsという製薬会社の共同創業者で、
12年に、KAI社をアムジェン社に約3億ドル(約250億円)で
売却したことで大きな話題となった。いわば、大成功した若き起業家だ。
チェンさんは、現在、
スカイラインベンチャーズというベンチャーキャピタルの共同経営者を務めている。
石倉さんがチェンさんを訪問したのは12年2月。
「せっかく学校が割り当ててくれたのだから」と軽い気持ちで会いにいったら、
チェンさんの言葉や生き方に圧倒されてしまったという。
「ヘルスケアにおけるイノベーションについて議論させてもらったのですが、
『何に投資すべきか』という考え方が、
普通の投資家とはまったく違っていました。
現在、多くの投資家が、リスクの低いビジネスに投資を集中させていますが、
チェンさんは『だからこそ、今、技術リスクの高いサイエンスに投資するべきだ』と」
石倉さんは、このとき、
チェンさんが、スタンフォードのミッション
(世の中を変え、組織を変え、世界を変えること)を
そのまま体現していることに気づいたのだという。
「時代の先を読んで、それに合わせて動くのではなく、
世界がどうあるべきか考え、
そこから行動していく。
このメンターの姿勢に強烈なショックを覚えました」
メンターでなくても、大学周辺の起業家や投資家は、
「スタンフォード大学ビジネススクールの学生です」と名乗れば、
忙しい時間を割いてでも、必ず会ってくれるという。
それは、スタンフォードの学生が「世の中を変える」
可能性を持っていることを、信じているからだ。
「投資家は、若者からイノベーションが起きていることをよくわかっているんです。
スタンフォードの学生なら、
何かビジネスの種を持ってきてくれるんじゃないか、
と期待を込めて会ってくれます。
だから、その期待に応えられないと、
2度目のミーティングはありません。
最初のハードルは低いけれど、
2度目は厳しい、というのが現実ですね」
投資家は、つねに第2のチェンさんを探し続けているのだ。
アメリカに残って起業することのやりがいと、
スタンフォードの卒業生として、あるべき姿を実感した出会いだった。
一流のリーダーは正直であれ
「僕はこの授業を受けて、
自分のリーダーシップスタイルを今後どう確立していけばいいか、
1つの指針を得ることができました」
12年9月、石倉さんは、
人生を変えるほどインパクトのある授業に出会う。
スタンフォードの名物教授、
アーヴィング・グロースベック教授の
「Managing Growing Enterprise」
(成長企業のマネジメント)だ。
グロースベック教授は、全米でも有数の起業家だ。
1964年、ハーバード大学ビジネススクールで知り合った
エイモス・ホステッター氏と、ケーブルテレビ局を運営する
コンチネンタル・ケーブルビジョン社を共同で創業。

授業には有名人が多数登壇
(写真は、コンドリーザ・ライス元国務長官による授業の様子)
アメリカのケーブルテレビ普及の黎明期に創業した同社は、
その後、時代の波に乗り、
80年代には、全米第3位のケーブルテレビ局となった。
同社は、96年、110億ドル(約9000億円)で売却されている。
教授は、同社退社後、
数々の企業で役員を務めながら、
20年余にわたって、スタンフォードで起業家精神を教えている。
この授業では、1年目の「Leadership Lab」(リーダーシップ演習)から、
さらに専門的な起業時のマネジメントやコミュニケーション術を学ぶ。
ここでも使われるのが、
「ロールプレイ」演習だ。
毎回、学生が何人か指名され、
教壇で指定された役柄を演じていく。
特徴的なのは、スタンフォードの卒業生が起業した会社の実例が、
ケースとして出題されること。
そして、授業の最後には、
必ずご本人が登場する。
たとえば、石倉さんの印象に残っているベンチャー企業のケースは次のとおりだ。
創業時から功労者であるAさん。
会社の成長に人の採用が追いつかず、
Aさんは1人で人事からマーケティングまで、
何から何までやっていた。
その後、会社は成長し、
Aさん1人の能力では、回っていかなくなった。
そこで、新しい人を外から雇い、
Aさんを降格させることにした。
あなたは、Aさんにどのように降格の事実を伝えるか?
Bさん(CEO)とCさん(COO)は共同創業者兼取締役。
ベンチャーキャピタルが投資をする条件として、
取締役に残るのはBさんだけだと要請してきた。
あなたがBさんだったら、
どのようにCさんにその事実を伝えるか?
伝説的な起業家が多数来校
写真中央はインテル社の創業者、アンディ・グローブ氏
いずれのケースも、
ベンチャー企業には付きものの複雑な人間関係を象徴している。
グロースベック教授は必ず、
不利益を被る役を演じ、
説得する側の学生に本気で挑んでくる。
「こういう難しい局面では、
最初、相手が快く思うことを先に言って、
気持ちをほぐしてから、
本題に入っていくのがいいと思っていました。
ところが、 教授は、『結論から先に言いなさい、
その後、相手の言い分を聞きなさい』と言うのです。
そして、『鏡の前で何度も予行演習しなさい』と。
日本人の僕でも驚くほどの、
細やかな心遣いを教えてくださいます」
石倉さんが、この授業で学んだのは、リーダーシップに解はないということだ。
「僕は、この授業を受けるまで、
何でも『日本』『アメリカ』という国や文化の枠組みで物事をとらえていました。
リーダーシップに関しても、
『日本流』『アメリカ流』と、
国別に理想的なリーダーシップスタイルが存在するのではないかと。
でも、一流のグローバルリーダーシップとは、
国や文化の垣根を超えて、
人を導いていくことです。
そのために、リーダーとしての人格を磨くことが大切なんだということを学びました」
リーダーシップを学ぶには、理論よりも実践。
だからこそ、
スタンフォードでは、ロールプレイ演習を重ねるのだ。
石倉さんは、グロースベック教授が、
この授業の最後で語った言葉が忘れられない。
教授のリーダーシップ論を凝縮した言葉だ。
「つねに人から信頼されるリーダーとして、
正直(authentic)であることを心掛けなさい。
(中略)何事も正直に伝えることがいちばんだ。
相手にとって受け入れがたい決断をしたときは、
逆に、ストレートに言うこと。
でも、同時に、
相手の心を気遣う姿勢を忘れてはならない」

スタンフォード大学ビジネススクール:
アメリカ・カリフォルニア州、スタ ンフォード大学の経営大学院。
1925年創立。
ハーバードビジネススクールと並び、
世界最難関のビジネススクールの1つ。
学生数は1学年約400人で少人数制。
シリコンバレーが近く、
起業、IT、ベン チャーキャピタルなどのプログラムが充実していることでも有名。
「世界に変革をもたらす人材を教育する」ことを
学校の使命としている。
http://www.gsb.stanford.edu

石倉大樹(いしくら・たいき)
1982年福岡県生まれ。
2006年九州 大学農学部卒業。
2005年、大学在学時に、
医学部発の大学発創薬ベンチャー・アキュメンバイオファーマ創業に参画。
日本と米フィラデルフィアで資金調達 や
経営企画に4年間従事した後、退社。
2008年11月エムスリー株式会社に入社。
医療分野の新規サービス開発に2年半従事した後、退社。
2011年9月 米スタンフォード大学経営大学院留学。
Twitter: @taiki2331
Blog: http://taikii2331.blog.fc2.com/
http://toyokeizai.net/articles/-/12128より
あこがれのスタンフォード大学経営学大学院(ビジネススクール)が、いかに勉強が大変か。
アメリカのビジネススクールの大変さは、どこも同じだろうが、とくに厳しいことで有名だ。
ビジネス教育について、日米の違いを感じる。
”俳優塾”さながらのロールプレイ演習
佐藤 智恵 : 2012年12月14日

写真はスタンフォード
「”超一流MBA校”で戦う日本人」。
第2回目にご登場いただくのは、
スタンフォード大学ビジネススクールに留学中の石倉大樹さん(30)。
石倉さんは、大学在学時から、
九州大学発のバイオベンチャー企業、
アキュメンバイオファーマ(福岡市、鍵本忠尚社長)の創業にかかわり、
大学卒業後も同社の国際戦略担当として、日米で活躍。
米フィラデルフィアに駐在していた際、
起業家に対する恵まれた環境を目の当たりにし、
「起 業するなら次は絶対アメリカで!」と
思ったのがMBA留学を志すきっかけとなった。
その後、同社を退職し、
エムスリー株式会社へ転職。
仕事は順調だった が、
アメリカで起業する夢をかなえるため、
会社を退職し、私費で留学することを決めた。
スタンフォードは、
「起業家」を輩出する大学として有名だが、
ビジネススクールの卒業生も、
およそ16%が、起業家の道を進むという。
1年目を終了した夏に起業して、
2年目の途中から、卒業後、
会社をどうするか、考え始めるのだそうだ。
石倉さんも、2012年夏のインターンシップは、
シリコンバレーの製薬会社系ベンチャーキャピタルで働いたが、
その後、スタンフォードの同級生と、
医療系のベンチャー企業を起業。
卒業後は、アメリカに残って起業した会社を続けるか、
スタート アップ企業に就職するか、
あるいは、日本に帰国するか、
3つの選択肢を検討中だ。
「スタンフォードで、
人のマネジメントやリーダーシップスキルを日々学んでいる」
という石倉さん。
MBA留学は、石倉さんの人生をどう変えたのか。
世界に変革をもたらす人材を生み出すスタンフォードの授業とは?徹底リポートする。
起業の“修羅場”を予行演習する授業
スタンフォード大学ビジネススクールのカリキュラムは、
ソフトスキル(コミュニケーションスキル)に重点が置かれていることが特徴だ。
「会社を起業したとき、最も大切なのが人のマネジメントだ」
というスタンフォードの姿勢を表している。
ビジネススクールに入学して最初の3カ月は、
「ファイナンス」「マーケティング」「会計」などの実務に加え、
「リーダーシップ」「倫理」「組織行動」など、
リーダーとしての人格を形成するのに役立つソフトスキルを、
実践的な演習を取り入れながら、徹底的に学ぶ。
石倉大樹さん(30)が、2011年9月にスタンフォードに入学したとき、
まず驚いたのも、俳優塾さながらのロールプレイ演習の多さだった。
スタンフォードの1年目の授業として最も有名な
「Leadership Lab」(リーダーシップ演習)は、
石倉さんの価値観を大きく変えたという。
「僕が、バイオベンチャー企業でアメリカに駐在していたとき、
人のマネジメントでとても苦労しました。
『なぜあのときうまくいかなかったか』。
その理由を教えてくれた授業でした」

”俳優塾”のさながらのロールプレイ演習。
上の写真はLeadership Lab の期末試験(Executive Challenge)の模様
授業では、6人ずつに分けられたチームごとに、
2年生が1人つき、1年生の演習の相手役となる。
特徴的なのは、この演習に担当教授はいないこと。
急成長している組織の中で経験する「修羅場」をどのように乗り切るか、
ロールプレイ演習で学んでいく。
授業のハイライトは期末試験だ。
授業の日の朝、演習の題目が渡され、
配役が決められる。
そして、その相手役は、スタンフォードの卒業生だ。
この日のために、150人を超える卒業生が、
相手役、兼、試験の評価役として、全米から集まってくる。
Fortune500社のCEO/役員、
コンサルティング会社の役員、
ベンチャーキャピタルの役員、
起業家などが一堂に会し、学生と真剣勝負をする。
石倉さんが参加したときの設定は、次のようなものだった。
ベンチャーキャピタルの投資家が、
投資先の会社が不振で、創業者兼CEOを辞めさせた。
投資家は、新たなCEOをこの会社に送り込むことになった。
今日は、創業者を慕ってこの会社に入社したという経営陣と、
初めて顔を会わせる日。
あなたが、新 CEOだったら、
どのように経営陣の信頼を勝ち取るか?
学生はCEO役。
百戦錬磨の卒業生は、創業者派の役員役を演じる。
台本はなく、即興で、
この設定に沿って、役柄を演じなくてはならない。
「役員会は、創業者が突然更迭されたことへの不満や新CEOに対する猜疑心で、
緊張感に包まれていて、演習とはいえ、真剣そのものでした。
卒業生は、実際に起業の現場を経験した人も多いですし、
ほとんどが、現役のボードメンバーですから、
経験に基づいて、リアルに再現してくれます。
僕たちへのフィードバックも
『あの一言で君への信頼感がぐっと増した』とか、
『説得する人の順番が違う』とか、とにかく具体的でしたね」
中にはロールプレイの最中に、
辛辣な卒業生の態度に、泣いてしまうアメリカ人学生もいたという。
「欧米、特にアメリカでは、
難しい局面に立たされたとき、
人とのコミュニケーションに最も気を使わなくてはいけないんだなと気づきました。
僕は会社の起業直後というのは、
会社の製品・サービスに情熱を注ぐべきだと思っていましたが、
組織のリーダーは、組織のマネジメントを最優先に考えるべきで、
そうすることで、初めて、
働く人たちが製品やサービスの向上に集中できるのだと実感しました」
スタンフォードを卒業した暁には、
このリーダーシップスキルを糧に、
アメリカでの起業を成功させたい、と強く思ったそうだ。
メンターは、学生の「投資価値」も見ている
石倉さんが、スタンフォードに在学中、
最も「刺激を受けた」出会いは、
スタンフォード大学ビジネススクールの卒業生、
レオン・チェンさんとの出会いだ。
スタンフォードには、在学生のために
「メンター制度」が設けられている。
学生が「こういう卒業生に会ってみたい」と希望するプロファイルを登録しておくと、
学校が最も適した相談相手を割り当ててくれるシステムだ。
メンターは、学生のために、学業での悩みや卒業後の進路など、
親身になって相談に乗ってくれる。
石倉さんのメンターとなったレオン・チェンさんは、
09年にスタンフォード大学ビジネススクールを卒業。
中国系アメリカ人だ。
KAI Pharmaceuticalsという製薬会社の共同創業者で、
12年に、KAI社をアムジェン社に約3億ドル(約250億円)で
売却したことで大きな話題となった。いわば、大成功した若き起業家だ。
チェンさんは、現在、
スカイラインベンチャーズというベンチャーキャピタルの共同経営者を務めている。
石倉さんがチェンさんを訪問したのは12年2月。
「せっかく学校が割り当ててくれたのだから」と軽い気持ちで会いにいったら、
チェンさんの言葉や生き方に圧倒されてしまったという。
「ヘルスケアにおけるイノベーションについて議論させてもらったのですが、
『何に投資すべきか』という考え方が、
普通の投資家とはまったく違っていました。
現在、多くの投資家が、リスクの低いビジネスに投資を集中させていますが、
チェンさんは『だからこそ、今、技術リスクの高いサイエンスに投資するべきだ』と」
石倉さんは、このとき、
チェンさんが、スタンフォードのミッション
(世の中を変え、組織を変え、世界を変えること)を
そのまま体現していることに気づいたのだという。
「時代の先を読んで、それに合わせて動くのではなく、
世界がどうあるべきか考え、
そこから行動していく。
このメンターの姿勢に強烈なショックを覚えました」
メンターでなくても、大学周辺の起業家や投資家は、
「スタンフォード大学ビジネススクールの学生です」と名乗れば、
忙しい時間を割いてでも、必ず会ってくれるという。
それは、スタンフォードの学生が「世の中を変える」
可能性を持っていることを、信じているからだ。
「投資家は、若者からイノベーションが起きていることをよくわかっているんです。
スタンフォードの学生なら、
何かビジネスの種を持ってきてくれるんじゃないか、
と期待を込めて会ってくれます。
だから、その期待に応えられないと、
2度目のミーティングはありません。
最初のハードルは低いけれど、
2度目は厳しい、というのが現実ですね」
投資家は、つねに第2のチェンさんを探し続けているのだ。
アメリカに残って起業することのやりがいと、
スタンフォードの卒業生として、あるべき姿を実感した出会いだった。
一流のリーダーは正直であれ
「僕はこの授業を受けて、
自分のリーダーシップスタイルを今後どう確立していけばいいか、
1つの指針を得ることができました」
12年9月、石倉さんは、
人生を変えるほどインパクトのある授業に出会う。
スタンフォードの名物教授、
アーヴィング・グロースベック教授の
「Managing Growing Enterprise」
(成長企業のマネジメント)だ。
グロースベック教授は、全米でも有数の起業家だ。
1964年、ハーバード大学ビジネススクールで知り合った
エイモス・ホステッター氏と、ケーブルテレビ局を運営する
コンチネンタル・ケーブルビジョン社を共同で創業。

授業には有名人が多数登壇
(写真は、コンドリーザ・ライス元国務長官による授業の様子)
アメリカのケーブルテレビ普及の黎明期に創業した同社は、
その後、時代の波に乗り、
80年代には、全米第3位のケーブルテレビ局となった。
同社は、96年、110億ドル(約9000億円)で売却されている。
教授は、同社退社後、
数々の企業で役員を務めながら、
20年余にわたって、スタンフォードで起業家精神を教えている。
この授業では、1年目の「Leadership Lab」(リーダーシップ演習)から、
さらに専門的な起業時のマネジメントやコミュニケーション術を学ぶ。
ここでも使われるのが、
「ロールプレイ」演習だ。
毎回、学生が何人か指名され、
教壇で指定された役柄を演じていく。
特徴的なのは、スタンフォードの卒業生が起業した会社の実例が、
ケースとして出題されること。
そして、授業の最後には、
必ずご本人が登場する。
たとえば、石倉さんの印象に残っているベンチャー企業のケースは次のとおりだ。
創業時から功労者であるAさん。
会社の成長に人の採用が追いつかず、
Aさんは1人で人事からマーケティングまで、
何から何までやっていた。
その後、会社は成長し、
Aさん1人の能力では、回っていかなくなった。
そこで、新しい人を外から雇い、
Aさんを降格させることにした。
あなたは、Aさんにどのように降格の事実を伝えるか?
Bさん(CEO)とCさん(COO)は共同創業者兼取締役。
ベンチャーキャピタルが投資をする条件として、
取締役に残るのはBさんだけだと要請してきた。
あなたがBさんだったら、
どのようにCさんにその事実を伝えるか?
伝説的な起業家が多数来校
写真中央はインテル社の創業者、アンディ・グローブ氏
いずれのケースも、
ベンチャー企業には付きものの複雑な人間関係を象徴している。
グロースベック教授は必ず、
不利益を被る役を演じ、
説得する側の学生に本気で挑んでくる。
「こういう難しい局面では、
最初、相手が快く思うことを先に言って、
気持ちをほぐしてから、
本題に入っていくのがいいと思っていました。
ところが、 教授は、『結論から先に言いなさい、
その後、相手の言い分を聞きなさい』と言うのです。
そして、『鏡の前で何度も予行演習しなさい』と。
日本人の僕でも驚くほどの、
細やかな心遣いを教えてくださいます」
石倉さんが、この授業で学んだのは、リーダーシップに解はないということだ。
「僕は、この授業を受けるまで、
何でも『日本』『アメリカ』という国や文化の枠組みで物事をとらえていました。
リーダーシップに関しても、
『日本流』『アメリカ流』と、
国別に理想的なリーダーシップスタイルが存在するのではないかと。
でも、一流のグローバルリーダーシップとは、
国や文化の垣根を超えて、
人を導いていくことです。
そのために、リーダーとしての人格を磨くことが大切なんだということを学びました」
リーダーシップを学ぶには、理論よりも実践。
だからこそ、
スタンフォードでは、ロールプレイ演習を重ねるのだ。
石倉さんは、グロースベック教授が、
この授業の最後で語った言葉が忘れられない。
教授のリーダーシップ論を凝縮した言葉だ。
「つねに人から信頼されるリーダーとして、
正直(authentic)であることを心掛けなさい。
(中略)何事も正直に伝えることがいちばんだ。
相手にとって受け入れがたい決断をしたときは、
逆に、ストレートに言うこと。
でも、同時に、
相手の心を気遣う姿勢を忘れてはならない」

スタンフォード大学ビジネススクール:
アメリカ・カリフォルニア州、スタ ンフォード大学の経営大学院。
1925年創立。
ハーバードビジネススクールと並び、
世界最難関のビジネススクールの1つ。
学生数は1学年約400人で少人数制。
シリコンバレーが近く、
起業、IT、ベン チャーキャピタルなどのプログラムが充実していることでも有名。
「世界に変革をもたらす人材を教育する」ことを
学校の使命としている。
http://www.gsb.stanford.edu

石倉大樹(いしくら・たいき)
1982年福岡県生まれ。
2006年九州 大学農学部卒業。
2005年、大学在学時に、
医学部発の大学発創薬ベンチャー・アキュメンバイオファーマ創業に参画。
日本と米フィラデルフィアで資金調達 や
経営企画に4年間従事した後、退社。
2008年11月エムスリー株式会社に入社。
医療分野の新規サービス開発に2年半従事した後、退社。
2011年9月 米スタンフォード大学経営大学院留学。
Twitter: @taiki2331
Blog: http://taikii2331.blog.fc2.com/
http://toyokeizai.net/articles/-/12128より
あこがれのスタンフォード大学経営学大学院(ビジネススクール)が、いかに勉強が大変か。
アメリカのビジネススクールの大変さは、どこも同じだろうが、とくに厳しいことで有名だ。
ビジネス教育について、日米の違いを感じる。