新城市で、庁舎問題の住民投票が行われる。投票は5月ということであるが、たくさんの署名が集まり、住民投票が行われることになった。この住民投票で問われていることはいくつかあるが、私にとっては、今回の住民投票の実施が、「熟議の市民参加の有効性」を問うている点である。
自治体関係者の中で、新城市は、すっかり有名なので改めて説明する必要がないかもしれないが、念のため、紹介しておこう。新城市は、愛知県の奥三河に位置する人口5万人の町である。新城市が、雑誌や新聞等に紹介される頻度は高く、その先進的な政策に自治体関係者の注目が集まっている。
たとえば、若者政策である。多くの町では、若者問題を定住化や賑やかしの存在くらいにしか考えていないが、新城市では、若者問題が持つ構造的な意味を真正面からとらえて政策づくりを行っている。新城市の若者政策は、本格的かつ全国のトップを走るものであり、いずれ多くの自治体で追随することになると思う。
若者政策の取り組みは、私のほうが早くから研究・実践していたという自負があるが、新城市にあっという間に追い抜かれてしまったというのが率直な感想である。これをマニフェストの第一に掲げた穂積市長さんの問題の意味をとらえる思慮の深さ、担当のMさんたちが、これを政策に仕上げていくときの舞台づくりのうまさは、さすがである。これも自治の文化をつくるという自治基本条例づくりの成果だと思う。
さて、新城市における庁舎問題の住民投票であるが、住民投票そのものは、議会を上げての決定で、私は異論があるものではない。投票内容についても、ファンではあっても、住民ではない私の意見は差し控えておこう。
ただ今回の住民投票で、私が最もショックを受けているのは、つまり、これまで積み上げたきた市民参加手続きが十分に機能しなかったのではないかという疑問である。熟議の市民参加を標榜し、全国で市民参加のまちづくりを進めてきたが、市民を巻き込んで決定していく方式が、今回の住民投票の活動によって、市民の思いを代弁していないと疑義が出されてしまったからである。もし熟議の市民参加が機能しなかったとすると、早急に、これを是正し、改善策を示していかなければいけない。
当然のことながら、新城市でも、庁舎の建設にあたっては、幾重もの市民参加の手法を積み重ねてきた。市のHPによると以下のような市民参加が行われている。これらは十分に手厚い市民参加といえよう。
- 新庁舎を考える検討会議(平成22年10月から平成23年2月まで)
- 新庁舎基本構想市民会議 (平成23年8月から平成24年2月まで)
- ポスト3.11庁舎のイメージを考えるシンポジウム(平成23年10月4日)
- 新庁舎基本計画(案)市民説明会 (平成24年3月19日、20日、21日)
- 新庁舎建設市民アイデア募集(平成24年4月)
- 新庁舎基本設計方針市民説明会 (平成24年7月15日、16日)
- 新庁舎デザインワークショップ(平成24年8月から10月まで)
- 新庁舎基本設計(案)概要市民説明会(平成24年12月22日、23日、25日)
- 新庁舎基本設計(案)市民説明会(平成26年2月4日から26日まで)
- 新庁舎基本設計(案)市民説明会(子育て世代向け)(平成26年3月7日)
- 新庁舎基本設計(案)へのパブリックコメント募集(平成26年2月3日から3月17日まで)
これだけの市民参加が行われているにもかかわらず、市民の思いとは違うと考える人が多数いるわけである(逆に言えば、これだけ市民参加を重ねると、市長も議会も、これに縛られるということで、これをないことにするのは、住民投票しかないということだろう)。熟議の市民参加方式の持つ限界が問われている。
この点については、議論すべき点がたくさんある。市民参加の仕組みそのものに不足があるのか、それとも運用がうまくなかったのか。行政側、あるいは市民側に問題はないのか。これらを検証し、それを踏まえて、改善策を示していくべきである。それを抽象論やポジショントークではなく、具体的なこととして、検討し、対案を示すことが、莫大なお金を使う住民投票を無駄にしない方法のひとつである。
住民投票は、ノーサイドにするのが難しい制度である。多くの自治体で、住民投票の結果、とげとげしい人間関係だけが残ったと指摘される。特に今回の住民投票のように、規模の大小のような曖昧な住民投票では、むしろ火種が残ることにもなりかねない(多くの自治体の住民投票では、新庁舎を新築するか、しないかというように白黒が明白である)。穂積さんのことだから、収斂までふくめて考えていると思うが、関係者の方々は、ノーサイドを頭に描きながら、配慮と行動をぜひともお願いしたいと思う。
ノーサイドの取り組みとして、今回の検証と対案づくりを行うというのも、ひとつの方法だろう。
ただ、参加の専門家として、この投稿をFBでシェアさせていただくにあたり、以下のようなコメントを添えました。
誤解を恐れず問題意識を言えば、単純にたくさんの市民が参加する機会を多くつくりさえすれば良いのか?住民投票という直接民主主義的手法をつかえることは市民自治の進度を示すものなのか?など、特に中小自治体での顔の見える関係の中での実態を見れば見るほど、自治や民主主義、政治の問題については、まだまだ分からないこと、考えるべきことが多いと思っています。
松下先生の言われるところの「熟議の市民参加」については、『参加のプログラムデザイン』のあり方として、以下のようなポイントが重要だと考えてきました。いわゆる『アリバイ参加』とならないために要件として。
1.テーマ・論点を本質的な問題に絞り込めているか?
2.必要な情報を過不足なく、順序よく伝えられているか?
3.参加者が答えやすい問いかけをしているか?
4.すべての参加者に発言、意思表明の機会があるか?
5.“聴き合い”から参加者が相互理解を進められるか?
6.柔軟なスケジュールの中で納得を積み重ねられるか?
(上記6つは、研修の際、わりと時間をかけて話をしている内容でもあります)
今回も、幾重もの市民参加のなかで、たくさんの知恵やエネルギーを出した市民の人たちがたくさんいますが、そういった人たちに、感謝する気持ちを忘れないでほしいと思います。