「はあ!?」
そんな声が狭い家に響く。こいつ今なんて言った? 俺を殴られるから? いやいやいや、流石にそれはないだろう。なにせ……だ。なにせこいつは俺に全然興味なかった……はずだ。そう言うとなんか傷つくが、実際そうだった。なにせずっとそっけない態度だった。
「それ、本当なのか? 俺をぶん殴りたかって……そんなくだらない」
「くだらない? はっ、お前はそうなんだろうな。だが、こっちは苛ついて仕方なかったんだよ。貴様の様なアホは殴ったほうが早いのに……」
そういってギリっと拳を握りしめる。押し倒して腕も拘束してるわけだが、さっきまで抵抗してた力がなくなった。いや違う。反発するような力だったのが、それを今はためている。とどめているんだ。そしてそのせいで、腕がびくともしなくなってる。
さっきまでは暴れてるこの女を押さえつけてる――その実感があった。けど、今はというと、抑えてるって感じはない。なぜなら自分の腕にはこの女の力は伝わってこないからだ。いや違うな。そうじゃない。実際力は感じる。なにせ押さえつけてる――それだけで全く動かないなんてことはない。
なにせそれってつまりは俺の腕の力と女の腕の力がどういう形であれぶつかるからだ。ということはその力はどこかに流れるわけで、力と力がぶつかってると腕は上とか下とか右とか左とか……どこかには動く。
でもそうなってない。まるで岩のように……ピタッと止まってる。俺は実はかなり力を込めてる。けどびくともしない。これってつまりはさっきまでは遊ばれてたってことか?
「殴ればよかっただろ? あんたならそれが出来た」
「私は厄介事には突っ込みたくないんだ」
「今の状況でそれをいうのか?」
「ふん、貴様がしつこすぎたせいだ。さすがの私も世間知らずのボンボンにお灸を据えたくもなる。それが親公認で、報酬も良いのならうけるだろ?」
「案外、がめついんだな」
「失望したか?」
「いや、安心したよ」
俺はこいつの澄ました顔が嫌いだった。あの顔を歪ませたいと思ってた。それが出来てたといま知れて、とても満足感が高い。
「話したんだから訂正しろ」
「はいはい、お前は汚いおっさんに食われてなんかない。生娘だよ」
「そこまでは言ってない!」
「つっ!?」
ググググ――と単純な力でこの女は俺を押してくる。それもこっちはこの女の手首をもってる。どう考えてもこっちの方が力を込めやすいだろう。
なのに……なのにこの女は上半身を持ち上げて来やがった。どんな体幹をしてたら女が男からこんな正攻法で馬乗り状態から挽回できるんだ? この女、やっぱりかなりおかしいぞ。こんなのは女の力じゃない。
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