還り見れば酔生夢死か?

80歳代の聾人でネットの話題を書いています。足が悪いので家で得ることが出来るネット情報と私自身の唯我独尊の偏向文です。

還暦過ぎての「金メダル」?

2007-02-05 22:45:40 | 太極拳
「ねんりんピック」会場の乗り物のフリーパスです

電車、バス(何れも私鉄)

三会場分です。


私の太極拳 履歴 様々(サマザマ)

私の太極拳の履歴を振り返ると、多くのよい先生に恵まれたと思っている。

始めたのが92年暮れだったと思う。

市の市民スポーツ教室に太極拳教室があり、それに参加したのが始まりだった。

この教室は週に1回2時間で10回のコースのように覚えている。

勿論、太極拳と言う言葉すら初めて聞く言葉だった。

この講習が終了すると、なんとなく続けてやりたく、そのまま、そこに、この講習会に参加した方々による新しい太極拳の教室が40人ばかり集まり新しい教室ができた。

この教室で1年くらいたった頃のある日、唐突に生徒全員が大先生の前で3人づつ並んで次々に24式の全トウロをやらせられた。

未だ、ろくに覚えていない時だった。

途中で棒立ちになったところに私の横に飛び出して出られた助手の女性の指導員の方に導かれ何とか最後まで出来た。

この美人の女性のIT指導員の方が後に独立されて、その後の私を指導されたのである。

それは私が太極拳を習い始めて2年経ったか、どうかの94年の12月の、ある日のことだった。

教室で先生から呼ばれ12月末のある日にち、とある場所を指定され、その場所に表演服を持って行くように言われた。

未だ太極拳が一体 なんであるかも分からない時だった。

しかも行く先が、なにであるかも知らずにだ。

その日、現地の体育舘に行って入り口に立てかけてある看板を見て

「これは何だ?」と不思議に感じたものだ。

確か、太極拳の練習の講習会だと頭から先入観を持っていたのだ。

ところが、その看板には

「第○○回神奈川県武術太極拳選手権大会」と書いてあったと思う。

「太極拳選手権大会とはなんだ?」これが偽(イツワ)ざる私の感じだった。


まァ いいか、兎に角、入場して見ようと、その体育舘に入ったのだ。

受付で名前を言うと、ちゃんと名簿に私の名前があり、

「出場は何時からです。コートは○番です。出場の時間の20分前に競技場の入り口に来てください」

あれッ 

俺は選手で出るのか?

まだ、自分が置かれている立場が飲み込めない。

そこへ、10日くらい前にあった太極拳の講習会で指導を受けた先生に会った。

「頑張りなさいよ」と激励を受けたが

「はぁ?」なんとも可笑しな返事をしたものだ。

「あんた、競技にでるのでしょう?」

「どうも、そうらしいです」

「なに?」これには先生も驚いたようでした。

「先ほど知りました」今度は先生が、再び

「なに~?」と言って、どうも二の句がでなかったらしい?

私自身、今日は太極拳の講習会くらいにしか考えていなかったのだから・・・。

ただ、先日教室の先生から表演服を持って行くように言われたのが、何故必要なのかな~?とは疑問?に思ったくらいだった。

広島弁で言えば「トロイ」と言うところか?然し

出場となれば、やるしかね~な。

元来が呑気なものである。

指定された出場時間まで未だ2時間以上あったので兎に角

「トウロ(順番)だけでも間違えないようにやろう」と決めて練習室に表演服に着替えて練習をする。

練習室では多くの方が練習しておられたが、どの方も上手い。

私は、どだい、そんなことには拘らない性質だ。

自分勝手に自己陶酔だ。

なんとか、競技は同じコートで3人同時に行った。

私がどの位置だったかは忘れたが、どうにか24式の順番も間違えないで初出場も無事に終わり、ほッとする。

それから、3~4週間後、大変な事態になろうとは夢にも思わなかった。

1月の終わりだったか?2月の初めだったか?一通のハガキに私は目を回したのだ。

そのハガキには

「貴方を“第8回ねんりんピック95島根大会“の神奈川県太極拳チームの選手に決定しました。よろしければ、折り返し返事を事務局まで連絡してください」なんだか、そんな内容と覚えているが定かではない。

「ねんりんピック」ってなんだろう?

それすら、私は知らなかったのだ。

「なんだか分からないが出るか?」と、そう思い出場了解の返信ハガキを提出した。

数日後、神奈川県太極拳チームによる第1回の「ねんりんピック」の練習をするから○○時までに○○体育舘に来るように・・・という連絡を受ける。

太極拳を始めて2年前後の私だった。

当時の私の太極拳は、まるでピノキオ並みだったと思う。

それから島根大会に向け厳しく激しい練習が始まったのだ。

その後チームのユニフォームや帽子等のサイズの問い合わせや「ねんりんピック」の資料がワンサカ送って来た。

この練習の最中にカミさんが悪性腫瘍(癌)が発見され9月に手術を受けた。

幸い私の練習日と重ならず病院に詰めることが出来た。

島根には、初めてといえる国内便の飛行機で行く(10月)。

大会ではなんと「神奈川県チーム」が優勝した。

早速カミさんに電話で報告をしたものだ。

「おい、優勝したぞ!」と怒鳴るように叫んだものだ。

然し電話に出たのは娘だったが、舞い上がっていた私には分からなかった。

この時の試合を思い出すと流石に緊張して表演の最初の動作で上げた手先が震えたものだ。

そして私が生まれて初めての「金メダル」を戴くこととなった。



各年のねんりんピックのメダルです。

96年宮崎(金メダル)、99年福井(銀メダル)97山形(金メダル)

95年島根(今は手元になし)(何れも直径6CM、厚さ6MMでした)

デジカメが悪く我家のカーテンにぶら下げたため映像悪し。


以来、島根の後の「ねんりんピック」の宮崎大会、山形大会と続けて2回出て、
都合 3ヶ の金メダルを戴くことになった。

還暦を過ぎての金メダルは嬉しかったですね~ェ。

翌年の“ねんりんピック98名古屋”は健康上のことで出場を辞退した。

2年後の福井大会では準優勝で銀メダルだった。
 
その後の「福島大会」では練習途中で体調が優れず大会を目前にして辞退をした。

そのためチームは急遽フォーメイションの変更を余儀なくしたようだ。

チームに大変な迷惑をかけてしまった。

これを最後に“ねんりんピック”から去ってゆく。

現在はチームの編成システムが変わっていて出場の機会はないようだ。

然し、太極拳は今も私なりに続けている。

太極拳もイロイロと流派や種類が多く習うのも大変だと思う。

私のような年寄りは簡単な“簡化24式”がいいと思う。

朝早く近くの公園で、ゆったりとした太極拳をやっている私である。

今は寒いので気が向けば・・・を付け加えます。

“くそ爺“は気が向けばの太極拳らしきものを自己陶酔して一人でやっているのだ。

それでも、二通りも、やると息が切れます。

汗も出ます。

時間も20分くらい掛かるようです。

くそ爺の太極拳談義で、お粗末さまでした。



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
太極拳 (沼じじ)
2007-02-06 09:52:13
素晴らしい経歴に敬服しています。
太極拳が健康に良く、習いたいなぁと思ったがその環境になく過ごしてしまいました。今は軽スポーツで健康を維持しています。
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初コメントです! (おちゃこ)
2007-02-06 10:50:52
友達ブログからリンクしてやってきました!
太極拳…とても興味あります
やってみたいと思っています
でも、沼じじさまと同様環境がありません。

他にも興味ある記事がいっぱいなので遡ってゆっくり読ませていただきます。
奥様とのやり取り思わずクスっと笑ってしまいそうです♪
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RE:初コメントです! (osamu)
2007-02-06 15:38:27
おちゃこ さま 
 よくいらっしゃいました。

「槍見舘」のお宿は見事な日本建築ですね。玄関の「シゲ」など最近見ません。部屋の日本建築独特の重厚さには思わず写真に見とれました。長押の梁も見事に黒光していて私も行って実物を拝見したいくらいです。

ブック・マークの「京都の女」を開いて見まして、野沢温泉(?)の野猿が温泉に浸かっている写真はユ~モアがあっていいものでした。よからぬ考えをへし折られました。

私も時々寄らせてもらいます。よろしく
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RE:太極拳 (沼じじ) (osamu)
2007-02-07 06:18:41
沼じじ さま 何時もコメント有難うございます。
なんだか、メダルに話は乗せなかったほうが良かったと思っています。申し訳ない。

然し、私は「太極拳」は寒いところでも、それなりにいいと思っていますが、教室がないのでは仕方ありませんね。何でもいいから身体は動かして仲間とおしゃべりが一番と思っています。ぬま爺さんのパークゴルフの優勝をお祈りしています。
もう優勝は何度も、されていると想像しますが、記事にされない、お人柄なのでしょう。
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