
「手話の会」でハイキングとして「猿島」に行った。
この会は楽しい会です。皆さん親切で私のようなトロイ者にも判らぬ時は即筆記で教えてけます。
私は横須賀に横浜から移り住んで、もう、かれこれ半世紀?横須賀に来たのは、例の「トイレット・ペーパー事件」の時だった。(1948年)
所謂オイルショックのときだ。
最初は北久里浜の交通公園の側のマンションだった。
そのマンションに10年住んで、やはり「地べた」がいいな?と言うことで、今のこの丘の開発地の建売住宅に移り住んだのだ。
以来、横須賀で観光地と言われる場所に行ったのは数えるほどしかない。
勿論、猿島には初めて行ったのである。

赤丸の場所が猿島です。
地図の中央に小さな赤い丸に+が入った処が我家です。
手話の会の皆さんはみんな親切で耳のよく聞こえない私には、時には手話も交えての話もあり非常に楽しい日であった。
島は自然が一杯でしかも明治の遺物がそそかしこにあった。

最初はみんなで・・・
右端で中腰になり弁当を下げて居られる方が小澤会長です
このトンネルはレンガ造りで積み方はフランス積みであり煉瓦のアーチとなっていた。
何故か両側の日本式の石積の説明がない。
私が「この石積みは、日本式の上品な「布積みだよ」
「主に古いお屋敷の周りに積んであるよ」
と知ったカブリをして説明をした。

ほらッ 鶯の鳴き声が聞こえるでしょう(?)と・
会員さんが友の頭に手を置いた。 残念!写真が手振れを起こしました。
ここではきれいな鶯のなき声で迎えられました。


途中TVの下見の方にお会いしました。感じのよいおふた方でした。

このような階段の山道もありました

対岸は横須賀市街である。
私がこちら側から見たのは初めてである。

防衛大学の学生が遠泳で観音崎(対岸の半島の先端です)から
この猿島まで泳ぐとか?
遠泳は海流の流れで東京湾を外に向かい大きく廻り泳ぐと言われます。
観音崎は「おい~ら三崎の~灯台も~り~よ~♫~♪~」ってやつです。
音痴!
横須賀市から1.7Kmとかいうが観音崎からでは、そんなものではないだろう?

対岸の横須賀市街が間じかに見えたとか?
「アメリカ帰りの船」 は見えたかな(?)古いですね~ェ
私が若い頃流行ました(笑)
展望台では横須賀市街地が目の前に見える。手話の会のメンバーである


賑やかなお昼の持参の弁当を楽しみました
会員の方の手作りのお漬物が美味しかったです。
お昼は皆さんと、このテーブルで大いに語り大いに楽しんだ。
私もお調子にのり太極拳を少し踊ったものだ。

このように上手くない(笑)しかも我輩一人だ
みなさん太極拳は見たことがないと言うことでしたので、こんなものだよ?
とつい、お礼の心算で下手な太極拳を少し披露したのである。
写真はないが皆さん結構楽しんで頂いた。

帰りのスマートな連絡船です
船旅(?)は10分と掛かりません。でも少し揺れました。
降りた時フラッと(船酔い?)しました。



キャビンで皆さんご機嫌です



会の皆さん美人揃いで我輩は満足至極でした。
帰りの連絡船の中である。みなさんご機嫌!
最後の写真です

横須賀といえば・・・
「サカミ」ではありませんよ!為念!
船着場から10mと離れていません
いいハイキングだった。空は曇っていたが私の腕は真っ赤に日焼けしてお風呂では痛みさえ感じた。これほど日焼けしたのは最近ないことだ。
「田浦手話の会」の皆さんありがとう
<<![]() |
<手話のベテランの方々、会長さんは右端の方#1> |
この会は楽しい会です。皆さん親切で私のようなトロイ者にも判らぬ時は即筆記で教えてけます。
私は横須賀に横浜から移り住んで、もう、かれこれ半世紀?横須賀に来たのは、例の「トイレット・ペーパー事件」の時だった。(1948年)
所謂オイルショックのときだ。
最初は北久里浜の交通公園の側のマンションだった。
そのマンションに10年住んで、やはり「地べた」がいいな?と言うことで、今のこの丘の開発地の建売住宅に移り住んだのだ。
以来、横須賀で観光地と言われる場所に行ったのは数えるほどしかない。
勿論、猿島には初めて行ったのである。


赤丸の場所が猿島です。
地図の中央に小さな赤い丸に+が入った処が我家です。
手話の会の皆さんはみんな親切で耳のよく聞こえない私には、時には手話も交えての話もあり非常に楽しい日であった。

島は自然が一杯でしかも明治の遺物がそそかしこにあった。

最初はみんなで・・・
右端で中腰になり弁当を下げて居られる方が小澤会長です
このトンネルはレンガ造りで積み方はフランス積みであり煉瓦のアーチとなっていた。
何故か両側の日本式の石積の説明がない。
私が「この石積みは、日本式の上品な「布積みだよ」

「主に古いお屋敷の周りに積んであるよ」


ほらッ 鶯の鳴き声が聞こえるでしょう(?)と・
会員さんが友の頭に手を置いた。 残念!写真が手振れを起こしました。
ここではきれいな鶯のなき声で迎えられました。



途中TVの下見の方にお会いしました。感じのよいおふた方でした。

このような階段の山道もありました

対岸は横須賀市街である。
私がこちら側から見たのは初めてである。


防衛大学の学生が遠泳で観音崎(対岸の半島の先端です)から
この猿島まで泳ぐとか?
遠泳は海流の流れで東京湾を外に向かい大きく廻り泳ぐと言われます。
観音崎は「おい~ら三崎の~灯台も~り~よ~♫~♪~」ってやつです。
音痴!

横須賀市から1.7Kmとかいうが観音崎からでは、そんなものではないだろう?

対岸の横須賀市街が間じかに見えたとか?
「アメリカ帰りの船」 は見えたかな(?)古いですね~ェ
私が若い頃流行ました(笑)
展望台では横須賀市街地が目の前に見える。手話の会のメンバーである


賑やかなお昼の持参の弁当を楽しみました
会員の方の手作りのお漬物が美味しかったです。
お昼は皆さんと、このテーブルで大いに語り大いに楽しんだ。
私もお調子にのり太極拳を少し踊ったものだ。

このように上手くない(笑)しかも我輩一人だ
みなさん太極拳は見たことがないと言うことでしたので、こんなものだよ?
とつい、お礼の心算で下手な太極拳を少し披露したのである。
写真はないが皆さん結構楽しんで頂いた。

帰りのスマートな連絡船です
船旅(?)は10分と掛かりません。でも少し揺れました。
降りた時フラッと(船酔い?)しました。




キャビンで皆さんご機嫌です



会の皆さん美人揃いで我輩は満足至極でした。
帰りの連絡船の中である。みなさんご機嫌!
最後の写真です

横須賀といえば・・・
「サカミ」ではありませんよ!為念!

船着場から10mと離れていません
いいハイキングだった。空は曇っていたが私の腕は真っ赤に日焼けしてお風呂では痛みさえ感じた。これほど日焼けしたのは最近ないことだ。
「田浦手話の会」の皆さんありがとう
ハイキング楽しそうですね。その中でosamuさんは
なくてはならない人のようですね。専門知識のトンネルの説明、太極拳の表演など、皆さん大満足のようですよ。写真の表情が終わりになるほど明るい表情です。
写真と文章でハイキングのストリーが見えます。
こんなブログを夢見ています。
会の中心は会長さんで私はオマケです。でも皆さん、優しくて綺麗な方ばかりで楽しいです。
私の手話は下手で肩に力が入ります。一本の指の方向で意味が異なり、どうもアチラの世界で手話を使うのではと思っています。
ハイキングは楽しかったですね