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余録:「語るに落ちる」は英語で「舌はいつも痛んでいる…
毎日新聞 2015年03月10日 00時18分(最終更新 03月10日 00時18分)
「語るに落ちる」は英語で「舌はいつも痛んでいる歯に向かう」という。やましいことはつい口に出るならば、これはどうか。「空襲の目的は都市の一般住民を無差別に爆撃することではなかった(・・・・)」
▲1945年3月10日の東京大空襲を行った米軍の作戦任務報告書の前書きの一節である。傍点部はアンダーラインが引かれている。報告書の前書きが異例なら、アンダーラインも例がない。さぞ歯が痛んだのだろう(奥住喜重<おくずみ・よししげ>他著「新版・東京を爆撃せよ」三省堂)
▲いやもっと直接には、焼夷弾(しょういだん)爆撃を指揮したルメイ米軍少将の「負けたら我々は戦争犯罪人だ」という発言も伝わっている。さらにその2年前、砂漠に作った日本の住宅地の模型で燃焼実験をし、東京の下町を焼夷弾攻撃に「最も適した地区」と判定していた米軍だ
▲その「最適地区」には当夜、入手した食料で6日遅れのひなまつりをし、受験で疎開(そかい)先から帰った子どもと久々のだんらんを楽しむいつもの人々の日常があった。そんなおびただしい数の人の暮らしを、1600トン以上の焼夷弾によって焼き払った東京大空襲である
▲「銃後(じゅうご)」の街を荒れ狂った火炎は、逃げ惑う人々を子ども、お年寄りの区別なく熱の渦の中にのみ込んだ。一夜にして10万を超す死者・行方不明者を出した東京大空襲から70年がたつ。以後、都市への焼夷弾攻撃は全国各地へと広がり、犠牲者の数を増やしていった
▲空から炎の街を見下ろす者にはアンダーライン1本で癒える歯の痛みかもしれない。だが火に包まれる子どもの泣き声、それを抱きしめた父母たちの思いは地上で語り継がねば誰が覚えていよう。
ソース : http://mainichi.jp/opinion/news/20150310k0000m070113000c.html
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つぶやき
東京に無差別 焼夷弾爆撃を命じた米軍司令官に終戦後 勲一等旭日大綬章 が与えられたが昭和天皇はその綬章に立ちあいを拒んだ。
「勲一等旭日大綬章」は本来 天皇が直接 手渡しするのが習わしと言う。
また 日本着任の米軍大将には恒例として勲一等旭日大綬章が贈られる慣習があるようだ。(未確認)
カーチス・エマーソン・ルメイ(Curtis Emerson LeMay
下記は上の記事の一部 局部的な抜粋である。付記に番号を付け文字に着色したのは私の独善であることをお断りします。本文にはそのようなことはありません。
① 1964年12月7日、勲一等旭日大綬章を入間基地で浦茂航空幕僚長から授与された。
② 勲一等の授与は天皇が直接手渡す“親授”が通例であるが、昭和天皇は親授しなかった。後年『NHK特集 東京大空襲』(1978年3月9日 初回放送)でのNHKの取材で戦争責任についての問いにルメイはその勲章を見せた。
③ ルメイが東京大空襲や原爆投下を行った部隊の指揮官だったことから授与に対し批判も大きい。当時、社会党、原水爆禁止団体、被爆者などから国民感情として納得できないという声が上がった[25]。国会でも叙勲に対し疑問視する声があった[31]。
東京大空襲や原爆から叙勲は不適切ではないかという質問に佐藤は「今はアメリカと友好関係にあり、功績があるならば過去は過去として功に報いるのが当然、大国の民とはいつまでもとらわれず今後の関係、功績を考えて処置していくべきもの」と答える。
小泉は「功績と戦時の事情は別個に考えるもの。防衛庁の調査でも当時ルメイは原爆投下の直接部隊の責任者ではなく、原爆投下はトルーマン大統領が直接指揮したものである」と説明している。佐藤もそれらを理由に決定を変える意思はないと表明した[32]。
ルメイは12月7日に防衛庁で小泉を訪問予定であった[26]が、当日は事務次官三輪良雄が代理で面会している。
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つぶやき 2
「過去は過去」 未来を見る・・・ここらが そこらの国と日本が違うところである。
三寒四温:~と思っていたらなんと今週は全寒ゼロ温で雪と強風が中韓方面から襲ってきました。蝦蟇が心配です。
先日空手の昇級審査があり、行ってきましたが。タイツ弐枚に、足サポーター、ズボン両サイドにホカロン~の完全武装にもかかわらず、靴下一枚では、暖房のない体育館の床は極めて冷たく、冷気が足底から上がってきます。
中韓方面からの冷気ではないので、まだ身体だけで済みますが(笑)しまった!冬用の分厚い靴下をもう一枚重ねておけば~と後悔。
幸い審査後の他コート同士のすり合わせは、ファミレスで行ったので、やっと温まりました。パエリア意外と美味かったです。
我々の会派は審査、大会審判員も基本は裸足です。田舎なのでまあ冬だけ審査の時は大目に見てもらわないと膝に来ます。今は動体視力が衰えた(本当)ことを理由に、大会審判は断わっています。冬の素足は若くないと膝を壊しますし。
歴史認識:寒ーい中韓のゲスの言う事は聞き流して、正しい歴史認識を持つべきはアメリカです。まるで先住アメリカインディアンをほとんど根絶やしにした様に,同じモンゴロイドのイエローモンキーとしか見ていない日本も、出る杭は打てと、もっと多くの原爆、空獏で焦土にしたかった所、冷戦のおかげで、かろうじて全滅は避けられただけ?
一番歪曲を正し、謝るべきはアメリカなのですが、まだ正式に謝っておらん!のうのうと韓国と仲良くしろとよく言えたものだ!この非戦闘員大量虐殺犯!日本に謝罪をすることで、世界各国からの評価も上がるのでは。
まあ謝られても、今後もアメリカの不沈空母として相変わらず仲良くしていかなければなりませんが、韓とはな~、
寒い話、熱い話と爺の頭も三寒四温ですたい。ここらで二度寝します。草々
メタボ拝
この寒い日本海側の地方の厳寒のおり審査員は素足とは驚きました。長い時間素足で座っているのも辛いですね。 ほんとお疲れ様でした。
それに耐えられるとは流石 メタボさんですね。
所で韓国の捏造慰安婦問題は確かに米国に浸透しています。クリントン元国務長官すら「性奴隷」と言う言葉を使っていました。 米国には既に7か所?くらい慰安婦像が建立されているのでは? 米国がそれを放置しているようでは日米同盟にも傷がつきます。
日本には「弁舌が銀にして沈黙は金」と言う騙らずとも真実は暴かれる・・・的な格言がありますがこれは世界には通じないようです。
英国のチャーチルも日本人はおかしな奴だ「会談の後で苦情を言う」 と回顧録にかいていました。 日本人はおおよそ「その場の雰囲気で諍いを避けてあとで穏やかに話せばよい」と言う慣習・気質があるようですが西欧では通じないようです。
米国も早く韓国の嘘に気付いてほしいものです。後ろから撃たれるまで気づかない? 駐韓大使が襲われても余り深く追求をしないですね。 米国も「日本人と朝鮮人の違い」に速く気づいてもらいたいです。