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きょうの手話の教室では簡単な手話の単語が出てこないで「ついに 耄碌したか?」と言うような情けない思いをしたものだ。
咄嗟に もう何度も使っている常用単語の所作が出てこない。
声はでるので大きな声を出しながらの手話なので耳の聞える方は私の手話など見ないで分かるのだが聾唖者の会員さんはサッパリ理解できなかったようで あとで随分とツッコミを入れられ答えに窮した。
東京駅の中央線ホームの表現で「中」を現す手話を使ったが・・・これは京急横須賀中央駅を現す所作のひとつであり東京駅の中央線は環状線の表現が必要だった。
また聾唖者の方の手話はほんとに早い。とても読めない。
まさに両手を上げてバンザイである。バンザイで手のひらをヒラヒラさすと拍手になる。
手話辞典を見ながら再度 辞典を読み始めた。
”この本をお貸しします” ”その本をお借りします” 所作は逆であるが・・・ドッチがドッチか分からなくなった。
”家に帰ります”・・・”家に帰ってきました(ただいま~)” これも時々間違える。
「体重を落としたい」と言う希望を喋った時に両手を下げてしまった。
すかさず「もっと太りたいの?」・・・と突っ込まれる。
一指し指と中指の二本の指を頭に当てて揺らすと「大阪」・・・頬に当てて擦ると「横浜」・・後ろ頭の髪の裾を跳ねるとそれだけで「横須賀」・・・水兵さんの帽子のうしろのヒラヒラを現している 等である。
間違いやすい?或いは似た所作で意味がドッチだか分からなくなる。
81歳を身をもって感じた。トロクなったものだ。
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憂楽帳:公共性とは 毎日新聞 2013年03月16日 中部夕刊
http://mainichi.jp/opinion/news/20130316ddh041070009000c.html 以下全文
憂楽帳:公共性とは 毎日新聞 2013年03月16日 中部夕刊
東日本大震災から2年が過ぎた。東京電力福島第1原発事故の影響で、いまだにふるさとに戻れないという報道を見聞きして、頭に去来したことがある。国が愛知県設楽町に建設を計画する設楽ダムで、水没予定地から町外に転出した70代の男性の嘆きだ。
「時間があるときにいじれる畑もないし、新たな土地習慣にも慣れない。本当は年金だけでいい。近くで畑仕事して、細々でも住み慣れた所で暮らせれば、それでよかった。犠牲になるつもりで出たのに、補償金をもらったと、残る人たちに嫌みを言われる」
昨年11月、取材をしながらやりきれなさを感じた。補償などいつか使い果たす。
結局、心地よい生活を、ふるさとを失った痛みばかりが残る。
福島も電力確保のために安全神話を説かれ、原発立地に同意したところが結局ふるさとを奪われた。補償金も細り、いずれなくなる。
家族が分散したまま補償や貯金を取り崩し、先行きに不安を持つ被災者が知り合いにいる。
幸福でなく悲しみを生産する「公共性」とは一体何だ。【清藤天】
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つぶいやき ぼやき
私もリタイアしたら故郷に帰り畑仕事でもして三文小説でも書こうという夢はもっていたが・・・色んな事情で出来なくなった。
生まれ育ったと言ってもコマ切れのようであるが?
岩国で生まれ・・・記憶にあるのは広島県 東部の「三原」・・・「広島」・・・また「岩国」での祖父母との生活・・・やがて戦後 再び両親との生活・・・高校を出て上京・・・就職した会社でアチコチを廻り気が付けば横須賀・・・私の人生の軌跡である。
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