介護を担う家族・・・・・
NHKのクローズ・アップ現代で「介護を担う家族」の日本の現状の厳しさを垣間(カイマ)見せられた。
他人事(ヒトゴト)ではないのだ。何時 我輩がそうなるかもしれない。
報道では介護のために仕事を止めて共倒れになる高齢者の例が報道されていた。
今は亡き我輩の会社員時代の友人も脳溢血や脳梗塞で半身不随になり家族のお世話になっていた。
一人は口が達者で家族からも見放された状態では?とも思われた。
もう一人の方は温厚であり家族からも手厚い看護を受けていたように思われる。
然しながら、ここからは少々遠いので、そう度々の行き来は無かったが年に2~3回はお互いに電話などで申し合わせて上野の美術館であっていたのだ。
当時は二人とも身体は少々不自由でも、なんとか歩けたので出かけることはできた。
然しながらやがて病状が悪化したのか?電話もハガキもこなくなった。
連絡も一人は全くパソコンはしなく、もう一人のほうは一度か?二度?市のパソコン講習に出かけ簡単なメールは打てていたので、コチラからメールを打つと返事が来ていたが、
ところがそれも何時の間にか返事が来なくなり、それでも月に1~2度はこちらからメールの送信はしていたが、それでも来ない?
変だと思っていた、ところに来たはがきが黒枠のハガキだったのだ。
口の達者なほうは何度 手紙を出しても“なしの礫“だった。
我輩も手紙は苦手で随分と義理を欠いているので人様のことは言えない。
多分 この口の達者な友人は、もう“彼の岸“ に行っていると不遜ながら想像している。
今は社の友人は我輩一人である。
昨年まではネットで美術館の催しを調べて、時に思いたち上野の都立美術館に亡き彼らが属していたサークルの展覧会があると一人 往時を偲んで見にゆくのだ。
其処では過っての会社で知った方の名前も作品の雅号で発見できるが、余り親しくはしていないので、もう顔も忘れているし、向こうの方もコチラが達磨のごとく太っていては、若しも会っても分からないと思う。
春は桜の咲く時節で秋は今頃である。
先日 この秋は何時から展示会が始まるのか?と調べたが、今年の4月から都立美術館が改修のために2年間閉鎖されているのを忘れていた。
そこで国立美術館のほうも調べたが残念ながらみあたらなかった。
どこか?別の場所で展示会はやってはいるのだろうと思うが検索できなかった。
我輩の足さえ自由に気にすることなく歩けたらとつくづく思う。
歩けなくなりそのありがたさがわかる。
多分、今 自由に何も感じないで息をしているのさえ、その有り難さに気が付いていないのでは?きょうはプールに行く日である。
自分のことは自分で出来るように水中歩きに勤めよう。
昨日は奇跡の33人の方が地下700mの点からの帰還をされた。
奇跡が起きるときは不思議におきるべくしておきる。
最初のボーリングのときに見つけた一枚の「33人全員生きている」の紙切れが、どのような形でみつかったのかも?不思議な出来事だ。
その地下700mの3次元の点とも言える場所に掘削抗を堀り当てた土木技術にも驚くばかりだ。
私は土木屋さんではないので詳しい技術的なことは分からないが、その掘削抗を掘ったのがアフガンの戦場から急遽 派遣された米国の技術者と言われるのも何か不思議な奇跡が生じる“縁“ を感じた。
ただ今午前4時 窓を開けると我が家の前の街灯の光が眩しい。
若しも、この街灯が無ければ外は漆黒の闇だろう。
然し、この街灯の明るい光で我が家の安全が守られている。
昨夜 電気振動ブラシを頭に掛けたときに感じていた頭の痛む場所が今朝は少し取れていた。今も振動電気ブラシを軽く頭に当てながらこの記事に変換間違いや文章の誤りを調べているが・・・。
中々気が付かない。もう 少々違っていてもよいか?
頭の痛む場所が電動ブラシを掛けた時のみに分かるのが電動ブラシの特徴で、いいところかな?
それが、このブラシの味噌なのかも?頭の味噌は大事にしなくては・・・・。
/////////////////////////////////////////////////////
今朝のニュース ↓ (MSNニュース)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/101014/dst1010140726001-n1.htm
この記事を読んだ時に、ふと「ソロモンの逸話(裁判)」を思い出した。
はてさて????
一方コチラでは?きな臭い話だ ↓
http://sankei.jp.msn.com/world/china/101015/chn1010150336000-n1.htm
NHKのクローズ・アップ現代で「介護を担う家族」の日本の現状の厳しさを垣間(カイマ)見せられた。
他人事(ヒトゴト)ではないのだ。何時 我輩がそうなるかもしれない。
報道では介護のために仕事を止めて共倒れになる高齢者の例が報道されていた。
今は亡き我輩の会社員時代の友人も脳溢血や脳梗塞で半身不随になり家族のお世話になっていた。
一人は口が達者で家族からも見放された状態では?とも思われた。
もう一人の方は温厚であり家族からも手厚い看護を受けていたように思われる。
然しながら、ここからは少々遠いので、そう度々の行き来は無かったが年に2~3回はお互いに電話などで申し合わせて上野の美術館であっていたのだ。
当時は二人とも身体は少々不自由でも、なんとか歩けたので出かけることはできた。
然しながらやがて病状が悪化したのか?電話もハガキもこなくなった。
連絡も一人は全くパソコンはしなく、もう一人のほうは一度か?二度?市のパソコン講習に出かけ簡単なメールは打てていたので、コチラからメールを打つと返事が来ていたが、
ところがそれも何時の間にか返事が来なくなり、それでも月に1~2度はこちらからメールの送信はしていたが、それでも来ない?
変だと思っていた、ところに来たはがきが黒枠のハガキだったのだ。
口の達者なほうは何度 手紙を出しても“なしの礫“だった。
我輩も手紙は苦手で随分と義理を欠いているので人様のことは言えない。
多分 この口の達者な友人は、もう“彼の岸“ に行っていると不遜ながら想像している。
今は社の友人は我輩一人である。
昨年まではネットで美術館の催しを調べて、時に思いたち上野の都立美術館に亡き彼らが属していたサークルの展覧会があると一人 往時を偲んで見にゆくのだ。
其処では過っての会社で知った方の名前も作品の雅号で発見できるが、余り親しくはしていないので、もう顔も忘れているし、向こうの方もコチラが達磨のごとく太っていては、若しも会っても分からないと思う。
春は桜の咲く時節で秋は今頃である。
先日 この秋は何時から展示会が始まるのか?と調べたが、今年の4月から都立美術館が改修のために2年間閉鎖されているのを忘れていた。
そこで国立美術館のほうも調べたが残念ながらみあたらなかった。
どこか?別の場所で展示会はやってはいるのだろうと思うが検索できなかった。
我輩の足さえ自由に気にすることなく歩けたらとつくづく思う。
歩けなくなりそのありがたさがわかる。
多分、今 自由に何も感じないで息をしているのさえ、その有り難さに気が付いていないのでは?きょうはプールに行く日である。
自分のことは自分で出来るように水中歩きに勤めよう。
昨日は奇跡の33人の方が地下700mの点からの帰還をされた。
奇跡が起きるときは不思議におきるべくしておきる。
最初のボーリングのときに見つけた一枚の「33人全員生きている」の紙切れが、どのような形でみつかったのかも?不思議な出来事だ。
その地下700mの3次元の点とも言える場所に掘削抗を堀り当てた土木技術にも驚くばかりだ。
私は土木屋さんではないので詳しい技術的なことは分からないが、その掘削抗を掘ったのがアフガンの戦場から急遽 派遣された米国の技術者と言われるのも何か不思議な奇跡が生じる“縁“ を感じた。
ただ今午前4時 窓を開けると我が家の前の街灯の光が眩しい。
若しも、この街灯が無ければ外は漆黒の闇だろう。
然し、この街灯の明るい光で我が家の安全が守られている。
昨夜 電気振動ブラシを頭に掛けたときに感じていた頭の痛む場所が今朝は少し取れていた。今も振動電気ブラシを軽く頭に当てながらこの記事に変換間違いや文章の誤りを調べているが・・・。
中々気が付かない。もう 少々違っていてもよいか?
頭の痛む場所が電動ブラシを掛けた時のみに分かるのが電動ブラシの特徴で、いいところかな?
それが、このブラシの味噌なのかも?頭の味噌は大事にしなくては・・・・。
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今朝のニュース ↓ (MSNニュース)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/101014/dst1010140726001-n1.htm
この記事を読んだ時に、ふと「ソロモンの逸話(裁判)」を思い出した。
はてさて????
一方コチラでは?きな臭い話だ ↓
http://sankei.jp.msn.com/world/china/101015/chn1010150336000-n1.htm
四国地方の城巡りにお越し頂、有難う御座いました!
外出出きると言う事は本当に素敵なことですね!
仲間が少なく生って行く事は寂しい事でしょ~ね。
ブログの仲間も叱りです。
何時までもブログ投稿が楽しめる事を願ってます。
神奈川・ブログランキング・・・ポチッ!OK!
今朝は九州地方にある城を編集しアップしましたのでお付き合い頂ければ嬉しいで~す!
それではまた月曜日に!・・・来訪・コメントをお待ちしていま~す!
チリ チリと言ってもチリのどの町?そう、”コピアポ”初めて耳にする町でした。地球の裏側での大事件!!終結して良かったですね。
気候が不安定ですので、お体ご自愛ください
チリーの落盤事故の救出は実にドラマチックな出来事ではらはらしましたが全員無事でよかったです。
コピアポは私も早速ネットで、その場所を調べました。コピアポは一躍 世界的に有名になりましたね。昨日の新聞にはロシアの原潜沈没時での国の対応が比較されていました。国により人命も、その重みが違うようです。
またのお越しをお待ちしています。愚痴ばかりのブログですが・・・・。