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還り見れば酔生夢死か?

80歳代の聾人でネットの話題を書いています。足が悪いので家で得ることが出来るネット情報と私自身の唯我独尊の偏向文です。

ん?猫背になった?

2012-11-28 21:00:04 | 太極拳

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太極拳 教室で何時ものように一人で練習をしていると

「ちょっと・ちょっと osamu さん ここに来てロウシ・アオブをして見て・・・」と呼ばれたような気がした。

音のしたほうを見ると教室の同僚の生徒さんだった。言われたとおりに そこで型をしめす。

「ほら・・ココを真っ直ぐに・・」と背中を叩かれて指摘された。

我輩が猫背であるはずがない・・・と思っていたが示された姿を鏡で見ると

アリャ・・アリャ だった。虚嶺頂剄(シュイリン・ディンジン)?

今日の寒さだけではないようだ。いつの間にか背が曲がちまったのか?鏡に映っている我輩の背がチト猫背になっていた。

改めてロウシアオブのその姿勢で背筋を伸ばす。

「そうそ。 それでいいのよ」・・・と彼女は にこやかに教室の向こうに行かれた。

10時の開始まで未だ30分余りある。指摘された背筋を意識してまた練習を始める。

どうして姿勢が崩れたのか判らないが・・・練習をおざなりにしていたのかも?

深く反省させられた。 きょう(28日)は それだけでなかった

練習中に先生に呼ばれて

「ランチュウ・ウェイの型をして・・・リュウー・ジー・シーをして見て・・」と命じられた。

型を決めたあとリューに入りかけたときポン形の我輩の身体の胸の前の片手(右手)を押さえられた。

押さえられた胸の前の片手(右)が動かない???

「直ぐに払う気持ちが強すぎるのよ~押さえている左手に意識がない」

左手は我輩の身体の腰の高さで指先は腹から3寸くらい前にある。

「押さえている左手を前に出しながら右手も前に出す心算・・(含胸抜背・)・・」

言われたように身体を動かす・・アララ・・右手を押さえていた先生が軽く後ろに下がられる。

続いてリューに入ると又 その手を捕まえられた。

引いても手先を下げようとしても右前に伸ばした手が動かない。???

「どうしたの?」・・・どうしたのじゃ~ないよ・・「その掴んだ手を離して~」と言いたい。

「引こうと言う気持ち(動き)が強すぎるのよ」またしても指摘される。

「ダメ!! 残すのよ~この手を直ぐに引かない! ・・手はそのまま残して・・置いておく・・・・」

いや~~散々 だった。

今まで何をしていたのか? 途中の休憩のあと32式ツルギが始まった。

ツルギは一度だけみんなと一緒にやり、後は教室の隅で一人ランチュウウェイからアンまでの練習を反転しながら繰り返し反復練習をする。

自分でも上手く出来ないのがわかる。あの一瞬の静から動の変化がつかめない。

教室から帰りに いつも握手して帰る綺麗な女性と何時ものように握手すると彼女がビックリした。

「温かい手だね~」と言われた。いつもは我輩が彼女に言う言葉である。

寒い日なのになんだか?我輩の身体が火照っている。  

よくは判らないが確かに身体に汗が感じられる。この寒い日に汗??

更衣室で下着を着替えると下着が湿っていた汗を掻いたらしい?

体育館を出たときにフト足が軽いのに気がついた。

膝が痛まないのだ。???である。いつも痛むあの膝の痛みがない??である。

家に着いて暫くしてまた膝が痛み出したが痛みはそれほどでない。

おかしな気分である。


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火論:菊坂に降る雨は=玉木研二 毎日新聞 2012年11月27日 東京朝刊

http://mainichi.jp/opinion/news/20121127ddm003070136000c.html 以下全文

火論:菊坂に降る雨は=玉木研二
毎日新聞 2012年11月27日 東京朝刊

 <ka−ron>

 菊坂へは東京大学赤門の先、本郷通りから入る。このかいわいに樋口一葉(1872〜96年)が暮らしていたことがある。生活に窮していた。

 一葉忌である11月23日、彼女がよく利用した旧「伊勢屋質店」の古い建物が年に1度だけ公開される。

 今年は晩秋の細雨に坂が湿った。明治以来の土蔵はどっしりとした量感がある。その薄暗がりに一葉の着物などが、何度も出入りしたかと思えば感慨深い。

 貧しさに抗しながら、創作を続け、1896(明治29)年、肺結核で死んだ。

 その24歳という若さと、短い半生に凝縮されたように発揮された創作力に、圧倒される思いがする。

 今の時代、若者たちの「自分探し」ということがしばしばいわれ、その公的サポートの必要がよく説かれる。

 それは理にかなっているが、たまには、才あっても大学に進学することがまれだった時代の若者たちの、ギリギリの状況や覚悟、決意に思いをはせるのもいい。

 東大が今月、来春の入学者から特別休学制度を導入すると発表した。

 入学直後の学生が1年間、ボランティアや長期海外渡航などをし、大学で自分が学ぶ意義や目的を発見するためという。英国などでは「ギャップイヤー」として学生が社会体験などに活用している。

 東大の制度では、希望者が申請書で示す活動予定が審査で認められると、内容によって経費の一部を支給する。新入生の1%程度に相当する約30人を想定している。

 大学にまだ行かぬうちに「学ぶ目的」探しにお墨付きをもらって1年を費やす。どういう心持ちかと思う。

 在学中に壁に突き当たり、迷い、独り休んで、別の世界で自分や学問を見つめ直すという“伝統的”休学は決して時代遅れではないはずだ。

 さて、一心に自分の道を求めたということでは、菊坂にはこんな人物もいた。

 一葉が没した年に岩手県の質・古着商の家に生まれ、24歳で上京、菊坂に下宿した青年。宮沢賢治である。

 赤門前の印刷所で働きながら上野の図書館に通い、下宿でトランクいっぱいになるほどの童話の草稿を書いた。

 妹の病のため、7カ月ほどで帰郷したが、その間に蓄積されたものが旺盛な創作へと結実していく。

 特別休学制度の「特別」とか「制度」といったことは一切忘れ、打ち込んでほしい。その結果1年後の「復学」さえ忘れて、見つけた道を突き進む青年が登場したら、この制度は大成功というべきかもしれない。(専門編集委員)

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つぶやき

 大学に入学してある一時期 1年間 休学をして国内でも或いは国外に出てみる?若しも目的があれば相当な人生の糧になるのでは?仮に無くても何かを掴むことができるのでは?

渡航費さえあればあとは自分で未知の世界を生きてゆく。若さのみが頼りだと思う。

今頃になり・・そうではないかと気がつく。

私の場合は落第は許されなかった。4年で卒業するという自分に課せられた命題もあった。

社会に出て会社に入ったときから・・・あとは退社まで無我夢中だったのでは? 初めて名詞の肩書きに○長が付いた時に亡き父から純銀製のネクタイピンとネクタイが送られてきた。

その時には なんだか?「お前の首には鎖が付いているぞ」と感じたが・・・。そこには親不孝な自分があった。 今は あれは実にユニークな贈り物だったと気が付く・・・。

もう遅いか?           

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
緩む (メタボ)
2012-11-28 23:59:58
osamu様
 先ほど奥方の教室から帰ってきました。32剣4回、入門、初級各一回、24式2回、後はコーヒーでお菓子。これで上手になるんかいな~

単推手では24式の各動作を分解し、おかしい所を指摘されます。まったく先輩の先生の指導と同じです。最初から最後まで、抑えられたりつかまれたりすると、動けなくなるのです。
ポンのときに中指の先が下がらないよう、回転しながら挙げる、腰!肩!肘!手!ついでリュー
体を後ろに少し沈め、体を引っ張る体制に!この間手先を動かさず、肩肘手と順番に動かす間、ひたすら手先は相手に預けて(伸ばして)わからないようにしなければ!手の平が少しでも変化すると相手にばれて、対応されるので動かせないよ~!
体が出来るまで末端は動かすな!!!逆に伸ばせ~!もう耳タコなのですがね~

引っ張る時も尺骨を相手の腕に寄せ、相手を下に崩す。この動きは手を少し丸く動かすように見えるので、上手な人はしなやかに見えます、理論は判っても体が動きませんね~
だまし討ち(言いませんが)じゃの~武術がベースなのでしょうないか。
世界一の身体運用理論なので簡単にはマスター出来ません。
空手では(手先から先に動かすな~まず腰じゃ~、腕は回転しながら打ち込むなり、跳ね上げないと力が出ないぞ~力むな~ゆるめろ~)とうるさい爺なのですが。太極拳になると~力む耄碌老人?
相手が、父母、成人ならば(しかし急に出来てもらっても、私の立場がない~)とうつむいて笑いを取っているのですがね~

太極拳で手が冷たいのは体全体が動いていない、手のひらが暖まるのが血の巡りがよくなった証拠で正しい と聞きます。まあ楽しみながら勉強いたします。     草々
                  迷走老人拝            
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メタボさんへ (osamu)
2012-11-30 06:41:06
太極拳 何年やっていても進みませんね~
それでも 自分の姿を鏡に映して これだ”と思う動きが間違っていたり難しいです。

先生も講習会に参加された後など私がその成果を試す試験台になったような気がする時もあります。

緩む クワ・・何度も聞きますが これが出来ない。自分では緩めている心算でも先生から見れば立っているだけ・・なんども言われる。それでも判らない。

私の一人練習を見て褒めらたことはないですね。大体注意を受けます。まァ 注意を受けなくなったら見込みが無くなったものと思っていますので・・。来週は楊式ツルギと対練です。目下youtube で動作の確認や塘路の研究ですが ままなりません。こちらは目下 迷走中です。
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