「本当は、ベルトよりサスペンダーの方がフォーマルなんだよね」
「本当は、お箸って食器の上じゃなくて箸置きにおかなきゃいけないんですよね」
そりゃ本当かもしれないけど、一般の営業がサスペンダーなんかできないでしょ。そりゃ本当かもしれないけど、デフォルトで箸置き出さないような大衆飲み屋でそんなこと言ってもしょうがないでしょ。
場に合わないことを言われると、なんだか違和感を持ってしまう。
電車に揺られながらなんとなく言われれば、「そうなんだよね」とか「そうなんだ」とか感じられるものが、微妙にそれが当てはまるようで当てはまらないシチュエーションで言われると「違うんじゃない?」と思う。
自分も正しいことばかり言える人間ではないことを棚に置いて言わせてもらえば、言葉でひっかかることが結構ある。
「男友達/女友達がさ…」という枕詞の後に続く話に性別が全く関係ない時なんか、言葉にひっかかりを感じるよくあるパターンだ。そこに「男/女(発言者から見ると異性)」は必要だったのか、と。
結局は、言葉の裏にある意図/イデオロギー/感情を(こちらの勘違いがどうかは別にして)感じ取ってしまうからなんだけどね…。
「自分はこんなことを知っている」「自分は本当はこんな風にマナーから外れたことはしない」「自分には異性の友達がいる」。
穿った見方だと言われれば反論はできないけどさ。