いい日旅立ち

日常のふとした気づき、温かいエピソードの紹介に努めます。

わたしは、美容師になりたかった

2018-10-14 23:23:03 | 人生
信じてもらえないかもしれないが、
わたしの、第1の志望は、美容師だった。

デザインに興味があったのだ。
美しいながれ、微妙にカットの仕方で
様相が変わること。

45歳で早逝した兄は、デザインが得意であった。

しかし、本人には、それを意識することがなかったようである。
中学校の時、クラスの旗をつくることが決まりになっていた。
兄は、わたしからみても、素晴らしいデザインをし、
いつも彼のクラスの旗に選ばれた。
わたしは、それをちゃっかり利用し、
兄のデザインにちょっと味付けして旗を作った。
ほんとうはたいしたことはないのだが、
兄のデザインを基に制作したのだ。
クラスの旗は、わたしがつくった。

そうしたなかで、兄はデザイナーとして成功するのではないか、

生意気にもおもった。

しかし、彼は工学部を選び、
パソコンの会社に就職した。

もったいないと思った。

で、
自分にのことに帰る。

美容師にはなりたいのだが、
手先が不器用である。
女の人とどんな話をしたらよいか、わからない。
生活も不安定になるかもしれない。

で、
結局教師の道を選んだ。
これも好きな道ではあったが、
人付き合いが苦手なので、
なかなかたいへんだった。

「教え子は宝物」
という言葉がある。
これは、実感できる。
今でも教え子と連絡をとる。

やはり、教師になるべくしてなったのだろうか?



バナナの話

2018-10-14 21:40:21 | 食物
現在の若者には信じられないかもしれない。

こともの頃、バナナが食べられたら、
死んでもいい、と思っていた。
バナナは、貴重な食べ物で、
今で言えばサーロインステーキのの10倍くらい高かった。
うちだけが貧乏だったのではない。
日本中のこともたちは、バナなにあこがれた。
今でも思い出す。

「ああ、バナナが食べたい」
「10本食べられたら、死んでもいい。」

対局日誌~その2~

2018-10-14 18:21:38 | 対局日誌
地域の将棋サークルで将棋を指してきた。
一番印象に残ったのは、
代表さんとの対局である。
この人は、高段者で、将棋歴80年だから、
戦型は、なんでも指される。
が、
得意戦法がある。
あえて、その戦型を選んだ。
教えてもらいたかったのだ。
だいぶゆるめていただいたが、もちろん、彼の勝ちである。
いい将棋だった。
満足。

あとは、きのうの91歳の人と、
段位の同じ強豪。
この将棋は、力が接近しているので
接戦になった。
感想戦というものがある。
「ここでこう指したら負けていた」とか、
「この手でしびれた」とか。
とても楽しかった。
いい駒を持っておられた。
同じ師匠に教わった、
いわば、
クラスメートである。


美容師さん、将棋をはじめる

2018-10-14 09:53:25 | 髪型
月に1度美容室に行く。
髪にお金は使わない主義なので、
1100円の美容室に行く。

美容師さんは、30歳代の女性。
とてもおだやかで、優しい人である。

このあいだ、映画化された「聖の青春」
の話をした。
将棋ファンなら、だれでも知っている映画だ。

昨日、美容室に行った。
そうしたら、将棋を始めたという。

藤井フィーバーで、女性の将棋ファンも増えている。

今度行ったら、
初心者用の、いい道場を教えてあげる。