『天佑、今まさに我らの手にあり。祖国に誓ってこれを殲滅すべし』
これは連合艦隊が蓬莱島に上陸中であった<人類共和国連邦>の船団を確認した時に発したものである。
人と魔族の未来を掛けた総力戦、トータルウォーは<魔界皇国>による奇襲攻撃からすでに数年。
物量格差で徐々に<魔界皇国>当初の勢いは失い、ついに絶対防衛圏とした領域にまで追い詰められる。
むろん<魔界皇国>はこれに対して総力を挙げて反抗した。
が、いかせん既にこの戦争を左右する航空兵は消耗しつくしひよっ子ばかり。
<魔界皇国>が誇りとする連合艦隊は数にて倍近い戦力を相手とせざるをえない状況。
エリートを自認する参謀達は、どんなにあがいても勝てないことに頭を掻き毟るほかがなかった。
ゆえに、だ。
弧状列島の本土から見て南。
南国の楽園として知られてきた蓬莱島に<人類共和国連邦>が侵攻を開始した時。
<魔界皇国>海軍は一つの決断を下した。
すなわち、局地的制空権を確保した状態で艦隊によって直接脆弱な輸送船団を叩くと。
既に魔界の空の住民である竜種や翼人の優位は発達著しい飛行機械にとってかわられた中。
<人類共和国連邦>の航空戦力は脅威を通り越して畏怖の念を抱かざるを得ないような状態。
そんな中でなけなしの艦隊を突撃させるのは、無謀を通り越して何か。
将兵からは艦隊特攻、艦隊殴り込みなどと揶揄し、自虐するほど。
だが、それも戦場の霧を味方につけ。
当事者たちの義務に伴う以上の努力と幸運を味方につけたことでついに彼らは辿りついた。
ドロドロ、と砲声が海の彼方からか鳴り響く。
同時に闇の中、砲火の光が切り裂きそれは徐々に近づきつつある。
まるで子供の頃、あれほど怖がっていた雷のようであるが。
それが、本当に雷であったならばどれ程よかっただろうか。
それが、本当に魔物だもが率いる艦隊でなかればどれほどよかっただろうか。
名もなき兵士は思った、一体何時からだ。
創造主に愛された我ら<人類共和国連邦>がこのような罰を受けるようなことをしたのは。
口の悪い下士官はこう言った。
そりゃ、おまえさん神様とやらは死の配分も平等だからなと。
責任を負わされた士官らはこう思った。
神様でもなんでもいい、とにかくに現状を何とかしろと。
「ファック、魔女の大鍋だ!!!」
蓬莱島攻略の全権を握っているスミス中将がどうしようもない事態に罵声をあげる。
彼の眼前にはもはや指揮不能な情勢と手の施しようがない現実が広がっている。
もとより撤退作業というものは極めて困難な代物であると理解していたが。
船に人員を積みこむ作業というものは統制が極めて困難な代物であり。
ましてモンスターどもの艦隊襲来の報は管制を逃れ、恐怖と混乱で逃げまとう船が後を絶たず。
結果、怪しげな代物をを一緒くたに煮込む魔女の大鍋のごとく、無秩序が広がっている。
さらに悪いことにただ尻尾を巻いて全力で逃げればいいというわけでなく。
砲身が擦り切れるまで叩きこんだはずの蓬莱島の防衛施設が再度砲火の産声をあげており。
海上と陸上からの挟撃を狙って大規模な攻勢が開始され、その防衛のための殿と支援も必要だ。
「司令!先ほど味方の護衛が全滅しました!!」
「なに・・・?」
確かに耳を傾ければ海の果てから聞こえていた砲声が止んでいる。
これを敵の撤退だと歓喜するのはよほどの馬鹿か楽観主義者ぐらいだろう。
これは単に部隊を統制するために集結を図っているだけであり。
あるいは目標であるこちらとの距離を図り射撃データーを取っているだけだろう。
集結を図っているならば最低でも30分ほどの時間がかかるはず―――。
「発砲炎確認!!弾着来ます!!!」
「くそ、全員対ショック体勢!!」
気休めにしかならないが、幸運を祈りつついるかもしれない神を信じてわが身を隠す。
輸送艦を通信統制用に改造したこの艦では駆逐艦の豆鉄砲でも天国行きは確実な代物。
ましてバトルシップ、奴らが誉とする噂の新鋭戦艦の全力射撃に耐えるなど本当に幸運を祈りざるをえない。
10秒、20秒が静かに経過。
何も起こらないことに未熟な新兵の一人は安堵し、
笑みを浮かべて頭を上げ、そんな馬鹿を罵声しようとスミスは思ったが。
「っく!?」
弾着、衝撃で海面が揺すられ艦が翻弄される。
そして運悪く命中した艦の破片が艦橋に飛び込み、愚かな新兵の脳漿をぶちまけた。
「輸送船<自由>号轟沈!!」
「艦尾損傷!水密区間が衝撃で破られつつある。ダメコン急げ!!」
「敵、駆逐艦戦隊が突撃してきます!!」
次々に報告されるのはどれも悪いもので、阿鼻叫喚の地獄の釜が開きつつあった。
無論これに対してただ指をくわえて待っているわけでなく、義務を果たしている。
しかし、恐らくそれは全て無駄に終わる。
相手はちょび髭伍長の田舎海軍に、規模の割にプライドは異常に高いライミーの海軍と違い。
開戦以来我がネイビーを散々教育してきた最強の海軍、全滅は決定事項だ。
「止めろ!!体当たりしてでも止めるんだ!!」
そして、今度もまた対<魔界皇国>の戦争スケジュールが遅れるのは確実だろう。
再度この地に足を付けるには、共和国が誇る生産性を以ても最低でも三カ月は掛るに違いない。
再び大量産された死体袋に兵士の親は泣き暮れ、本国の政治屋はまた顔を蒼くするだろう。
たしかに戦争は、戦略的に我々が押している。
しかし、戦術的にみればむしろ負けているのはこちらで。
硝煙の香りも知らないイエローペーパーが、
呑気に占領統治における『民族の適切な掃除』や得られる利権を語っているが。
彼らの本国に辿りつくにのに一体どれほどの血の代価を差し出すことになるだろうか?
自分は軍人だ。
政府の言に従うのは暴力装置である軍人の義務だ。
あえて声を大にして言いたい。
もう、そろそろ終わり方を見据えるべきではないか?
だいたい――――。
「敵、航空魔術師来ます!!」
人類の未来と解放のためにやって来た正義の軍が悪魔に捧げれる生贄の役と化しつつある中。
電探をにらんでいた士官がさらなる絶望の来訪を報告し、刹那艦橋は閃光に染まった。
血漿と共に飛び散る人だった部位。
飛び散る破片が散弾となり艦橋内の人員を殺傷し悲鳴が挙がる。
かろうじて艦橋を照らしていた非常灯は消え、明かりは戦場で広がりつつある炎だけ。
炎が照らす先に映っていたのは血の海と断末魔のうめき声。
加えて、艦自体不気味な爆発音を共にして徐々に傾きつつあり。
艦の運命について悪い予告が各部署から艦内通信で届けられるが誰も応じない。
そしてそんな地獄の中、スミスは幸運を勝ち取っていた。
多くの人員が散弾となった破片に切り裂かれ、血の海に沈んだ中。
彼は腕にガラス片を受け、衝撃で背中を打ったことを除き五体は無事であった。
「あぁ・・・」
しかし、彼にはもはや生への執着はない。
耐えがたいほどの虚無感、脱力感が心を支配し。
この事態を招いた責任としておめおめと生き残る気はなかった。
いつも引きつれている部下の声はなく。
砲声と爆音が奏でる戦場音楽を静かに鑑賞する。
不思議なことに休日に聞く音楽のように心が安らぐ。
ふと、顔を横に向け外を見る。
そこは、一方的な虐殺の場で豚殺場であった。
補給物資を積み込んだ艦が爆沈し周囲を巻き込む大爆発や大火災を起こす。
沈みゆく輸送船から兵士が海へと身を投げるが、突入した駆逐艦の機銃掃射で血の海が作られる。
中には砲弾を使うのが億劫なのか、重巡洋艦が体当たりで輸送船を沈めてしまう。
戦艦群は散々空襲を受けて仕返しとばかりに、
鬱憤を晴らすために上陸している部隊へと砲撃を開始。
共和国連邦が多大な努力を以て集めた物資と兵士は消滅しつつあった。
月しか明りがないはずの夜が上陸地点が炎上したことで周囲はまるで昼間のように明るく。
それはスミスが艦橋に散らばる赤い肉の塊に、赤い水たまりが手に取るように分るほどだった。
地獄絵図
この言葉がこれほど似合う情景はなく。
一瞬、自分は実の所死んでおり地獄の審判待ちでないかと疑ってしまい。
直後、視界に映った少女の姿に息を飲む。
月のような金眼に何処までも純白な髪。
野暮ったい、生産性重視の黒い航空兵用の軍服が却って少女の純白を強調する。
だが、頭から突き出ている獣耳が自分たちの敵である魔物である証拠。
魔物の中には吸血鬼を始めとして見た目と年齢が比例しない場合が多々ある。
ゆえに、少女もまたその可能性が十分ある。
それにアレは恐らく自分を攻撃した敵に違いない。
無駄だと分っていても死んだ者、死にゆく者のせめて一矢報いねばならない。
が、アンティーク調の鍵を模した魔法の媒体に乗った少女は美しかった。
スミスは相手が殺すべき敵であることを忘れて呆然と見上げる。
例え見た目ミドルスクールに入りたての。
童話の世界の住民としていそうな少女が戦場の先頭に立っている現実だとしても。
「せよ――――皇国の――――」
おまけにただのひよっ子でなく航空魔術師の指揮官らしい。
地図を投影展開させ、無表情に部隊に指示を下していく様は歴戦の士官のようだ。
いや、正しくは戦闘機械のようだというべきか。
幼い少女に関わらず大の大人でも怯むような戦場で戦う。
これを本国の政府の手先と化したお花畑な市民運動家は喜んで<皇国>の残虐性を宣伝するだろう。
結局のところ自分たちの政府が彼らをそこまで追い詰めたという真実は見ないふり、あるいは知らぬまま。
そのせいで聞いたところ、奴らはずいぶん前から適正がある者を軍に放り込んでいたらしい。
「―――――?」
こちらの視線でも感じたのかふと、少女はこちらを見下ろす。
「―――――」
「な、」
笑っている。
いや、正しくは微笑んでいると言うべきか。
ほぼ無表情ながらもこんな地獄の中で彼女は微笑んでいた。
狂っている、確実に狂っている。
死者を生産し続けるこのクソな戦争の中で笑うなどまともな精神じゃない。
しかもその対象が、思春期の青臭い少女と来たものだ。
もしや、これが今の時代の流れなのか?
だとしたら自分が知らぬ間に世界は随分と変わってしまったらしい。
男は女子供を守るべきと考える自分にとって暮らしにくいものになったものだ。
ところが、どうしてだろうか。
そんな彼女がとても愛しいものと捉えている自分がいる。
ああ、何て夜だ。
こんなにも美しく愛らしい存在がいたとは――――。
それが彼がこの世で最後に懐いた感情であった。