銀英伝天上編?
ヤングジャンプで掲載が始まり、
来年以降に放映予定の銀河英雄伝説のSSです。
今回は転生オリ主抜きの話で「死んだ先のヴァルハラで帝国、同盟が交流する」
という銀英伝にしては珍しくほのぼの系のSSであります。
主にヤンとの対話が多いですがヤンが毒舌家である点、
さらに相手の心理を読んだ上での論破に、予想外の考察をする。
といった原作で描かれていたヤンの特徴をよくとらえており、大変素晴らしいSSです。
また本編であったことを補足する話が多く、
ウェブ小説初期によく見られた王道的なSSで非常に珍しく、
また読んでいて「なるほど」と納得できるところが素晴らしいです。
ぜひ見てください。
「先日、閣下から伺いましたよ。陛下のプロポーズの花束を。
赤と白の薔薇の花束には、温かい心という意味があります」
「そうか、ヤン元帥が教えてくれた意味ではないということか」
だが、無難な言葉だ。キルヒアイスはさらにほっとした。
それを見たシェーンコップは、にやりと口の端を持ちあげた。
まだまだ甘いな、小僧ども。
「もう一つの意味は『和合』というのです」
金髪と赤毛の頭が、そろって膝の上で抱え込まれた。
黒い目が、部下と来客を交互に見詰め、掛ける言葉を見つけられない。
「女性に贈っていい組み合わせではありませんな。
混ぜるな危険、というのは薬剤だけではないのですよ」
最悪に最低だ。
それをあろうことか、
朝帰りの直後に自宅まで押し掛け、父親の面前で渡した。
マリーンドルフ伯は、よくも赦してくれたものだ。そして、ヒルダ自身も。
型破りな彼女は、知らなかっただけかも知れないが。
もう死んでるけど死にたい。
若気の至りに転げまわりたくなるということを、ラインハルトは初めて経験した。
「シェーンコップ、そんなに詳しい人はそうそういるもんじゃないよ」
「なにをおっしゃいます、帝国貴族の基礎知識ですよ。
知らないと非常に危険ですからな、贈り物の花というやつは」
シェーンコップは器用に片眉を上げてみせた。
「迂闊な贈り方をしてごらんなさい。
末代まで、成り上がりの田舎者と後ろ指を指されると、祖父が小官に教えたのです」
彼の祖父の本家は、シェーンコップ男爵であった。
帝国騎士といっても、ミューゼル家とは家格が違うのだ。
この一言は、ラインハルトの儚い希望を打ち砕いた。
美貌が台無しになるほど蒼褪めた皇帝陛下を慮って、ヤンがとりなしてみる。
「同盟じゃそんなの気にしないがなあ」
「客が気にしなくても、代わりに花屋が訊くでしょう?
予算と用途、相手のイメージや何かを。そして、危険物を外してくれるんですよ」
「え、そうなのかい」
「それも資格取得の条件だと聞きましたよ。
告白に使う花で、ピンクが好きな相手だったら、
大輪の薔薇を避けてカーネーションに変えるとかね」
彼の花園の中には、百花を商う美女もいたに違いない。
「それが何か違うのか」
震え声の皇帝に、シェーンコップは重々しく頷いた。
「ピンクのカーネーションなら『熱愛』です」
ヤンは感心した。
「ああ、それならたしかに愛の告白にぴったりだ。
それにしても、花屋さんもすごいものだな。
しかし、君の言い方だとピンクの大輪の薔薇はまずいのかな」
「ええ、『赤ちゃんができました』ですからな」
ぬけぬけと喩えに爆弾を仕込む部下を、ヤンは睨んだ。
「君のところにこそ、誰か送ってきたんじゃないのかい」
すかさず反論してやったが、百戦錬磨の色事師が怯むはずもない。
「そこが小官の選択眼でしてね」
「もういいから、下がってくれないか。話がややこしくなるから」
これが帝国貴族が五百年にわたって培った、悪意の社交術であった。
貴族の馬鹿息子にやられたところで、痛くも痒くもなかったラインハルト達だったが、
相手が、有能で洗練された魅力的な年長者だと、こんなに心を抉られるものはない。
悄然とする若者ふたりに、
余裕たっぷりの笑みを見せつけて退出する不良中年。
まったく大人げない。ヤンも顔を覆いたくなった。
しかし、部下を咎めたところで、ラインハルトの顔色に改善の兆しはない。
いや、蒼白から真っ赤を目まぐるしく往復し、彼のプロポーズの花束のようだった。
「その、なんと言うか、何と言ったらいいのか、何と言うべきか……。
陛下、今日のところはお帰りになったほうがよろしいでしょう」
ヤンは、とりなすことを諦めた。
バーミリオン決戦の前、妻へのプロポーズに何の用意もしなかった自分としては、
やっただけラインハルトの方が上だと思う。後日、真紅の薔薇を差し出してから、
宝飾店に二人で出掛けたけれど。それも先輩のアドバイスのおかげだが。
とりあえず彼に必要なのは、叫び声を上げて、転げ回ることのできる場所だろう。
キルヒアイスが静かに頷いて、親友の肩を抱くように、半ば引き摺って歩き出した。
見送ったヤンの視界から二人の姿は消えたが、声は届いてきた。
「ラインハルト様、アンネローゼ様に申し開きのできないことをしないでくださいと、
私は言いましたよね。あなたの思い出話に、それを義妹から聞かされたら、
アンネローゼ様がどんな思いをされることでしょう。……おいたわしい。
しかし一番お気の毒なのは、フロイライン・マリーンドルフです。
ヴェスターラントの死者や私に申し訳ないというなら、
やるべきことが違うでしょう!今度こそ私も折れませんから、
ゆっくりとお話をしましょう、ええ、ゆっくりと。
もう、生前の身分は有名無実でしたよね!」
穏やかなキルヒアイスには珍しい、立て板に水のようなお説教だった。
「藪蛇だったかなあ……」
ヤンは黒髪をかきまわした。
こんなイースタンの干支にちなんだハプニングはいらない。
蛇だけに手も足も出ないってか。やれやれ、すっかり本題がすっとんでしまった。
結論も、当分出そうにない。