続いたネタ16 GATE~夢幻会、彼の地にて戦いけり
「なんなのだ、あれは―――」
帝国の第三皇女ピニャ・コ・ラーダは、
現実離れな光景にただただ口を開けて空を見るしかなかった。
元々ピニャがここイタリカにいたのは偶然であった。
異世界の軍勢の噂を求めて帝都から尋ねるように移動する道中、
イタリカが異世界の軍に攻められているとの噂を聞きつけ急いで参戦したが、
それは元連合軍の敗残兵が盗賊化した者達に過ぎず、
手持ちの戦力である騎士団は引き連れておらず部下のグレイ、ハミルトン、
ノーマの3人、そしてすり減ったイタリカの正規兵に俄仕立ての民兵を指揮したが限界であった。
だからこそ、イタミとオノダと名乗る異世界の軍は好都合であった。
例え帝国の敵であっても彼らは炎龍を撃破した「緑の人と茶色の人」であり、
味方として取り込むことで士気が最悪な兵士を何とか立て直すことには成功した。
何せ噂に聞く「炎龍に飲み込まれて生存した茶色の人」もおり民兵の士気は高揚した。
どういう理由か知らないが、亜神こと死神ロウリィが異世界の軍と行動を共にしているのもなお良かった。
お陰で次こそ城壁を突破されることを覚悟していたが、騎士団が来るまでの時間は稼ぐことができる見込みができた。
とはいえ、異世界の軍はあくまで敵だ。
だからピニャは異世界の軍を城壁に配置し囮として使い潰すつもりであった。
全滅した後ゆっくりその奇妙な装備や服装などを検分し調べるつもりだったが誤算が応じた。
まず第1に盗賊は腐っても正規兵であり、
攻撃する城門の場所を変えて夜明け前に奇襲を仕掛けてきたことだ。
臨時に指揮していたノーマは戦死。
そして城壁は突破され、城門は開いてしまった。
第2に主力が俄か仕立ての民兵であった点だ。
正規兵なら敵がどんな挑発を仕掛けてきても優秀な指揮官、
熟練の下士官や兵の命令を絶対に耳を傾け、簡単に挑発に応じない。
が、民兵はそうは行かず、ピニャが教科書通りに布陣し、
城門の内側から囲むように設けた防御柵から越えてはならぬと厳命したがあっさりそれは破られた。
民兵が挑発に耐え切れず突撃を開始し、乱戦が勃発。
真正面からの白兵戦で正規兵に勝てるはずも無く徐々に押され、
ピニャは篭城失敗に目の前が真っ暗になったが、変化は突然であった。
「富田!クリボーとロウリィ、船坂の背後に回る敵を撃て!」
「了解!」
イタミ、トミタと名乗る緑の人が持つ鉄の杖から
タン!あるいはタタタン!と火が吹く度に盗賊が次々に倒れ伏せる。
矢や魔法が通り過ぎる軌道は見られず、どうして敵が倒れるのがピニャには理解不能であった。
「軍曹を援護する!重機、あの密集した集団を薙ぎ払え!!」
さらにオノダと名乗った茶色の男が部下を指揮し、
鉄の箱に乗るより大きな鉄の杖の火を吹かせると亀甲体系を組んだ敵の盾は砕け、
腕や足がもぎ飛び、周囲に贓物がブチまかれ、たちまち士気が崩壊し隊形が崩れる。
「船坂さん!」
「……っ!!」
それに彼らは白兵戦も得意らしく、
小柄の女性兵士と茶色の「炎龍から生存した男」が鉄の杖の先に装着した短剣を振るう度、
元連合軍の正規兵は彼らの刃であの世へと強制転属を余儀なくされる。
2人は互いの背中や側面を守るように常に動き、
息が合っておりまるで夫婦みたいだと場違いな感想をピニャは抱く。
『ヒャッハー!汚物は消毒だー!!』
「Ho-jo to-ho! Ho-jo to-ho! Ho-jo to-ho!」
そして止めとなる第3の誤算、
それは異世界の軍が駆けつけて来たことだ。
少女が描かれた空を飛ぶ鉄の蜻蛉に、
戦女神の嘲笑を奏でつつ斑模様の鉄の箱舟が繰り出す攻撃はピニャの想像を超越していた。
鉄の箱舟から発射されたペンの様な物体が地面に突き刺さると同時に爆発し兵士が空に舞い上がる。
鉄の蜻蛉の頭が火を噴出すればたちまち人間がただの血肉の塊へと変化する。
散々苦戦した盗賊は襤褸切れのように吹き飛び、消し飛ぶ。
盗賊たちの手から届かぬ距離から一方的に一切の慈悲もなくあの世へと送られる。
抗いようも無い暴力の嵐、そこに栄誉も名誉もない戦い。
絶対的な存在、人間の創造を超えた未知との遭遇にピニャはただただ呆然と空を見上げるしかなかった。
「告死天使……」
鉄の蜻蛉に描かれた少女の姿を見て自然と言葉が漏れる。
相手の圧倒的な存在に己の矮小さを思い知り、ピニャはただ絶望の感情に浸る。
「殿下、城壁の外に騎兵が見えます!
もしや騎士団が駆けつけて来たかもしれません!」
「なんだって、ハミルトン!」
だがハミルトンの一声で現実に回帰する。
視界の先に小さくだが確かに騎兵の集団が盗賊の背後を遮断する位置に見えていた。
「い、いかん!ジエイタイにニホン軍は味方だ、
それに巻き込まれかねないぞ、何とかするんだ!!」
「な、何とかしろって、
無茶言わないで下さい!
どうやって伝令するのですか!?」
「ぐ……」
ハミルトンの反論にピニャが呻く。
狼煙も旗の通信も爆煙が派手に出ているせいでうまく伝わるはずが無い。
そもそも異世界の軍勢が味方だと伝えても信じられるかどうか怪しい。
逆に異世界の軍勢がイタリカを激しく攻めている受けとめる方が容易い。
しかし、
「んーでも帝国軍にしては地味な軍装ね――あ、あの茶色、あれはニホン軍ね」
「こちらも視認した、あれは後続していた日本軍の騎兵部隊、間違いない」
突然の第三者の声にピニャとハミルトンが振り向く。
何時の間にか異世界の軍と同行していたエルフと魔道師が直ぐ脇に立っていた。
平時ならば皇族たる者の傍に、貴族以外の人間が無遠慮に立つことは許されないが、
彼女らが口にした言葉にピニャは逃さなかった。
「あれも異世界の軍勢なのか?」
「肯定、私達の後から出発した」
レレイが簡潔に返答する。
彼女らは知らない事情だが、
これも燃料が取れない異世界事情を考慮した夢幻会の策の1つである。
軍の機械化で縮小する一方であったが残っていた騎兵部隊、それも旅団規模のを態々持ってきた。
そして夢幻会の転生者でもある旅団長はここが騎兵最後の戦場と知っているだけに派遣当初から非常に張り切っており、
念のため直ぐに派遣できる護衛、という面目で伊丹たちの後から出発し、イタリカの戦いに備えていた。
「突撃ーー!!」
既に早足であった騎兵が突撃喇叭と同時に一気に駆ける。
1000騎に及ぶ騎兵突撃、それは日本陸軍騎兵の生み親すら出来なかった情景は感動的であるが、
何とか健軍率いる自衛隊のヘリ部隊と痛い子中隊が繰り出す地獄の業火から逃れた盗賊集団からすれば悪夢であった。
たちまち馬蹄で踏み潰され、振り下ろされる騎兵刀で切りふさせられ一瞬で蹂躙された。
そしてこれがイタリカを襲撃していた盗賊が全滅した瞬間であり、戦いが終わった。
「終わった、のか?」
戦場音楽が消えてしばくしてイタリカの名も無き市民が問う。
しかし、自らは生存し残った盗賊は戦意を喪失している事実を確認した瞬間、
爆発的な歓声がイタリカの街に木霊し、自分達を助けてくれた存在にありったけの感謝の言葉を口にした。
そこに帝国の皇女を称える声は無く、完全に忘れ去られていた。
否、当然だ、何故ならこの戦いにおける勝利の貢献者は間違いなく自衛隊と日本軍なのだから。
「ま、まさか彼我の差がこれほどまでとは……この後の交渉に何を要求されるのやら。
殿下の身分は知れているから誤魔化しも効かないし、騎士団が来てもこれではとても――って、殿下!?」
「―――――――」
ピニャはその事実に激昂せず、呆然と受け入れた。
「で、殿下。お気を確かに!
この後の交渉に殿下は参加なされるのですから!」
ただし受けた衝撃は大きくただぼんやりとするだけでハミルトンの声は届かなかった。
ハミルトンが盛んに揺さぶるがピニャはされるがままである。
「……好きにしろ、そなたのように。
安心せよ責任は妾は取る、妾は黙って座って椅子を暖めておくゆえ」
「ちょーーー!!で、殿下ーーー!!?」
まさかの全権委任発言のハミルトンが驚愕の声を叫ぶ。
「殿下、撤回してください!お願いですから撤回して下さい!!」
「―――――――」
ハミルトンが撤回を要求するがピニャは反応すらしない。
「殿下が使えないとなるとここのミュイ様は…駄目だまだお年が、
それ以外に適役となる人間は…いない、いても身分的に釣り合いません。
となると殿下の代理として私があのジエイタイとニホン軍と交渉をするしかないですか…」
逃れられない運命にハミルトンがうな垂れる。
「それに、ここで私が何とかしないと帝国が……」
イタリカは帝都を支える穀倉地帯と同時に、
ここを突破されれば帝都とは直ぐ眼の前であり防ぐものはない。
ゆえに、帝国の運命はこの交渉に掛かっていると表現するのは決して過大ではない。
「ああ、もうやってやります!ええ、やって見せますとも!
騎士団ではドンくさい私でしたけど、帝国貴族の一員として奮闘して見せますとも!!」
ハミルトンはやけくそ気味に叫び交渉の代理人となることを決断した。
後に、日本軍の交渉役兼ピニャの秘書として扱き使われることが決定した瞬間であった。
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