―――見たいと思えば視える、魔法の基本は願うことだと思うよ。
懐かしい夢だ。
ネウロイ大戦初期の戦い、自分が未だ未熟で悩み、挫け、それでも前へと進んでいた日々の。
たしか1937年だったか、自身の魔法で悩んでいた時にガランドというカールスラントのウィッチと共にいた少女が言った言葉だ。
その少女の特徴はこげ茶色の髪を2つ結んだ自分より1つ年下で、名をバルクホルンと名乗っていた。
なんでも、同じ魔眼でもかなり異彩な魔眼だったので、実験とついでにストライカーユニットの試験要員として極東まで送られてきたとか。
―――そうかなぁ、って本当にあの坂本なのか?
対して自分はやや自信がなさげに回答する。
バルクホルンの『あの』とまで強調している意図かまったくわからなかった。
―――まあ、いい。
ボク・・・いや、私が言う事はあくまで私の経験に基づくアドバイスにすぎないからな。
苦笑まじりに口を開く。
どこか達観というか、妙に大人びたというか、男くさいような不思議な感じがした。
なんというか、自分は彼女を知らないはずなのに彼女は自分に対して既に一定の印象を持っていたように見受けられた。
―――結果とは結局本人が努力してから得られるものだから、他人が言うだけでは何もならない。
だから、坂本さんが努力の方向性を間違わなければきっと結果は出ると思うよ。
今は思考錯誤を重ねてゆけば将来ネウロイのビームを両断できるくらいになれるはずだとボクは思うよ。
どうしてそこまで断言できるのかやはり不思議に思った。
だって自分が努力する前提で彼女は話しており、自分が絶対結果を得られると分っているような気がしてならなかったからだ。
とにかく、不思議な少女だった。
その印象を抱えたまま欧州へと渡り、後の欧州戦線で頻繁に顔を合わせて、
ブリタニアでは501の初期メンバー以来ずっと一緒になるとは考えもしなかった。
「む?」
ぼやけた視界にぼやけた思考。
当初は何も理解できなかったが両者がクリアに成るにつれて原因が判明する。
何でもない、ただ自分は執務室で書類仕事の途中で寝てしまったのだ。
「ふぅ」
机に寄りかかる形で寝ていたせいで体のあちこちが痛い。
寝ていたことも加え、かなり長い時間書類と睨めっこしていたせいか目がショボショボする。
坂本美緒は眼帯を付けていない方の眼をこすり、米神を抑えて目の周囲の血行を良くしようとする。
本当なら、台所にいるだろう宮藤に温かいタオルでも準備してもらった方がいいが、そうはいかない。
「まったく、私は書類仕事が苦手なんだがな。」
山ほどに積まれた書類を見てつい呟く。
早めに手早く済まさなければ午後のティータイムに間に合わないだけでなく、宮藤、リーネの訓練に支障がでかねない。
が、こうも難儀している理由は単に使用している言語が母語以外の、連合軍の共通言語であるブリタニア語だからではない。
いくら下士官から佐官まで上り詰めた程実力があるとはいえ、
坂本美緒という人間は根本的に戦以外を知らぬ「もののふ」ゆえにとことん現場主義者で、こうした仕事には慣れていない。
ふと、ロンドンに行ったミーナはいつもこんな仕事をしていることを思い出し感謝の念を送った。
「ふぁぁぁ。」
今日は青海な空で降り注ぐ太陽がもたらす熱は温かい。
周囲に部下もいないことも加え、こうして欠伸をするくらい心地よい日だ。
「・・・・・・。」
いかんな、また寝てしまいそうだ。
等と隙だらけな思考を巡らせる程心地よい昼下がりだ。
(慣れない仕事はするものではないな―――いや、駄目だ給料分は働かなければ。)
兵卒ならそれが許されたが、残念ながら佐官。
多くの特権が与えられると同時に給料以上の責任と義務を要求される階級にいる。
血税で養われている身なので、あまり長く休むことは坂本美緒の形成されて来た精神と主義に反する。
(では、手早く済ませて見せるか。)
決意を新たにして再度書類の山との戦闘を開始する。
内容は様々だ、補給品関係でも食料、武器弾薬、被服、資金と体系でき、
ここからさらに細かく分岐してゆき、分岐した後でもさらにその先と分岐してゆく。
組織とは常に連絡、報告が義務づけられているからそれこそトイレットペーパー1つまで報告書が提出される。
馬鹿らしいと考えてしまうが、それこそが公平で一定の法則に従った組織の存続の避けられぬ運命。
まして軍も国家の官僚組織の一種類にすぎず、記録を残す事に情熱を掲げる官僚組織は民間以上に書類に執着する。
よって、大量の書類の過半数はどうでもいい日常的業務の報告書が占める。
そして本当にトイレットペーパーの消費量について注意を促す書類が出てきて、坂本少佐はゲンナリした。
いくつものサインがなされ、年頃の少女ばかりの部隊にそんな書類をよこした連中の顔を想像する。
すると、50代のおじ様と結婚したというウィルマの夫が脳に映し出された。
「却下」
人の趣味嗜好はそれぞれだというがあまりよろしくない。
リネットには悪いが流石の自分でもその年の差はマズイと思うな、と坂本少佐は考えた。
結婚式で見た感じ、本人たちは嬉しそうだったが・・・両親とその姉妹は・・・。
「失礼します、報告書を届けにきました。」
「おう、入れ。」
外から二度ノック。
部屋にいた彼女側は注目をドアへと向ける。
返答と共に開いたドアから人が滑るように入って来た。
「ちぃーす、こんにちわー。」
「む、シャーリーか。」
書類をぷらぷらと手で振りながら部隊一のナイスバディが入室した。
「戦闘報告書を提出しに来ました。」
「ああ、ごくろう。」
書類を机に置く際に少し前かがみになり、
たわわに実った2つの果実が坂本少佐にこれでもかと強調する。
ペリーヌにミーナが見たら嫉妬と女性としての羨望で狂いそうな光景だ。
もっとも、このもののふは、
あんだけでか過ぎると肩やら戦闘やらで面倒くさそうだな、とまったく女性の思考が欠けた感想を抱いた。
さらに、それよりバルクホルンに冠する懸念事項について聞いてみるか、と考えていた。
「んじゃ、これで失礼しますー。」
「おっと、シャーリー。少しいいか?」
「?」
坂本少佐に呼び止められてシャーリーは仮に上官にも関わらず、怪訝そうな顔を隠さずに振り返る。
規律を重んじるカールスラントの軍隊が目撃したらその場で厳重注意と長々しい説教が為されるだろう。
「少し話を・・・。」
少し話をしよう、何そんなに時間を取らない。
おまえから見てバルクホルンはどう見える?
そう言葉を綴るはずだった。
警報
「・・・くそ、ネウロイの襲撃は早くても明日か明後日あたりだと予測していたが。」
ロンドンの司令部に向けありったけの罵声を心の中で叫ぶ。
無駄でただの感情論だと知っていてもだ。
「さて・・・。」
シャーリーは真っ先に格納庫へと走ったようで姿はない。
坂本少佐も緊急スクランブルに対応すべく出撃すべきだが、
今日はミーナがいないので代わりに基地で指揮を執らねばなるまいな。
電話の鈴がけたたましく鳴る音。
管制室からの報告だろう。
「坂本だ、状況を報告」
『はッ、ブリット東07地域。大型ネウロイが一機。すでに内陸へ入り込まれています。』
すでに内陸へ入り込まれたこと。
早めに潰さねば面倒な事になることに坂本少佐は表情を顰める。
(ブリタニアに攻めるネウロイは半ばローテーション化した日程で攻撃しに来る。)
恐らく苦手な海をわたるがゆえにだろう。
お陰さまで41年のバトル・オブ・ブリタニアと呼ばれる大規模航空戦では、
扶桑、ブリタニアそれにカールスラントが手を合わせて共同開発した新技術のレーダーと合わさって人類の勝利に至る。
迎え撃つ側として幾度も奇襲攻撃を許した扶桑海事変と違い、効率的な追撃が可能となった。
(それが、ここ最近ブレが応じてきている。新たな攻勢が始まる前兆か?)
戦力の集中、攻撃前夜は妙な行動に出るのはネウロイも人類も変わらない。
妙に静かだったり、逆に妙に積極的と行動に不自然さを感じた時に後からより大胆な行動に出るのが常だ。
よって、行動の変化は防衛側として最大限の警戒を以て当たるべきなのだ。
(まあ、念のため意見具申はしておくが。そこらへんの判断はロンドンの連中に任せよう。)
できれば、何事も起こらなければいいがな。
そう頭の中で思考を巡らして電話のボタンを操作し、内線を格納庫に待機しているだろう隊員へと繋げ、命令を下す。
「坂本だ――――。」